まず著者は、いわゆる美術の周辺分野での職人の仕事に注目する。たとえば輸出仕様の漆器を「お客さん(ヨーロッパ人)の好みを前提にした自分達なりのスタイル」に仕上げてしまう蒔絵職人に、時代を代表する芸術家長谷川等伯とも通じる、日本人の優れたデザイン処理能力を見て、そのセンスの良さに驚嘆する。次に、安土桃山美術の衰退期と見なされる江戸時代初期に光を当てる。前時代の美の基準から見てエネルギーを失っていても、視点を変えれば「様式的な完成」であるとの立場から、さまざまな作品を擁護する。たとえばこうして解題される「彦根屏風」の項では、裸足や髪型の風俗史を経て、詩的な結語へとたどり着く手際が鮮やかである。
文体は「桃尻語」ではないが、堅苦しい「お勉強」の雰囲気はなく、気負わずに読むことができる。著者の空想は物語またはエッセーとして楽しみながら、当時の風俗・文化も感覚で理解できる仕掛けになっている。(林ゆき)