体験できないが、語りつがれるべき戦争中の青春の群像
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日本の勝利をつゆ疑ってこなかった少年たちが、いきなり崩れ行く、敗戦日本の現実に放り込まれる。「脱出」ではソ連によって封鎖された宗谷海峡を、密航して日本に帰還しようとし、「焔髪」では東大寺の仏像を疎開させる僧侶の仏像の移動時の損壊への危惧、占領軍に接収への不安が描かれる。「鯛の島」では、日本の漁村で古来守られてきた「楫子」制度が、アメリカのもたらす民主主義からは人身売買、奴隷制度として糾弾される事態に呆然と立ち尽くす。「他人の城」では、沖縄からの疎開船で鹿児島に行く途中アメリカの潜水艦に撃沈され、九死に一生をえて九州へいくのだが、沖縄の人間は日本人から侮蔑され、戦後戻った沖縄では故郷は地獄絵のように変貌し、自分の国と思えない寂寥感に襲われる。「珊瑚礁」では、アメリカの猛烈な物量作戦で攻撃されるサイパン島のなかで必死の逃避行が生々しく走馬灯のように描かれる。
もし若い自分が、書かれたような自分の生死に関する感覚も喪失してしまうような生き地獄に足を踏み入れると、どうしただろうかと身につまされる。綿密な調査、聞き取りをへて活字で再現させる吉村昭の臨場感で、怖いながらつい読みきってしまう。
戦争を知らない世代、とくに若者がしっておくべき戦争の現実である。