学術書ジャンルに新鮮な翻訳
★★★★★
この本は、「反米国家に対してアメリカがどう対処すべきか」というテーマを扱うと同時に、著者ウォルトによって細分化された、大国・小国の国家としての行動を類型化し、モデルとして紹介したものでもある。例えば、ウォルトは、「ボーキング」という概念を示している。これは、「アメリカからの要求があっても、これを聞くだけ聞いておいて、実際には実行しない」という行動パターンを指すという。しかも、このボーキング、敵対国よりも、アメリカの同盟国がやった方が効果的だというのだ。言ってみれば、日本の自民党の橋本派の政治家たちがアメリカに対してやってきたのが、いわば面従腹背のボーキング戦略だったのだが、この戦略を見透かしたアメリカは、構造改革を打ち出すことで、内部から日本のボーキング勢力を排除するに至った。この本は、アメリカの著者が書いているだけに、ロシア、中国、フランス、イランなどの国家のケーススタディが出されているが、これを日本のとってきた行動に当てはめるという思考体操を読者は行ってみると良いと思う。
それは、ボーキングの例が示すように、アメリカの戦略学者たちが、既に同盟国の反抗の行動を類型化しているということでもあり、それに対する対処マニュアルをも完成しているということを意味するのであるが。
ウォルトの英文は読みやすいものだが、この翻訳家の訳しかたも、非常にうまい。これはウォルトという学者の研究分野と訳者の研究分野が一致しているからだろう。
「均衡・浸透・自制」の対外政策
★★★★☆
ネオリアリストの代表格であるスティーブン・ウォルトの翻訳書がこうして出版されたことは大変喜ばしい。原著も2005に出版されているので、ポスト・イラク戦争の現在にもしっかりと対応している。
本書のおおざっぱな構成は、1「アメリカの優位について」2「他国がアメリカを手なずける戦略について」3「アメリカが取るべき大戦略とはなにか」である。
本書で最も示唆に富むのは2であるだろう。さすが『同盟の起源(Origin of Alliance)』などで、同盟に関する優れた研究を残しているだけある。ソフトバランシングや、脅威均衡、などの概念に日本語で触れられるのは本書くらいであるだろう。
アメリカに対する戦略の一例としての、各国がアメリカでの「ロビー活動」の記述も有名である。しかし、こちらは最近の共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』を見たほうがより包括的で、最新の議論を得られると思われる。
また最後に著者はアメリカが「オフショア・バランサー」(地域覇権国が出現しそうな場合にのみ介入する)となるべきだと述べている。しかし、これは世論に人気がない、非伝統的な脅威に対応できない、など相対化されるべき問題点を抱えている。そのあたりは邦書であれは山本吉宣『「帝国」の国際政治学』の1章、久保文明『アメリカ外交の諸潮流』あたりを参照されたい。
評価については、訳はスムーズに読めていい。しかし、タイトルが原題を離れて仰々し過ぎるのと、本文が一部削除されているので星4つ。削除した脚注部分は出版社のウェブページにアップするなど、厳しい出版事情の中で努力は見られるのだが、もう少し学術書に対する敬意がいると思う。