たしかに半分はそうである。なぜならこれは「夢」に関する物語だからだ。当初、いかにも現実の歴史に沿うよう展開していた出世譚は、マーティンのホテルが次々と建造されるにつれてゆがみ、やがて夢幻のごとき色彩を帯びてくる。ホテルの内部には、森や滝、本物の動物が走り回る公園、キャンプ場、はては地底迷路などという、現実には考えられないたぐいの施設が増殖、それに歩調を合わせて地下へ地下へと層も広がってゆく。ついにマーティンは、それ自体でひとつの社会と化したかのような巨大ホテルをつくり上げるが、あまりにも常識を凌駕していたため世に理解されず、その絶頂にもかげりが訪れる――。
きわめて独特な物語世界だが、圧巻はホテルの描写だろう。輪舞のように次々とつづられていく奇怪ともいえる施設の数々。読み進むうち、いつしか読者はもうひとつの世界を築く快楽に加担している。アメリカの歴史を借りて紡ぎだされた夢幻境。それこそ、著者が創造しようとしたものにほかならない。著者は本書によってピューリッツァー賞を受けているが、そうした栄誉すら、この作品の前では幻のごとく色あせてしまう。まことに恐るべき怪作である。(大滝浩太郎)