独自性の国オランダの内情がよくわかる
★★★★☆
オランダは独自性の国である、これはわりとよく知られていることです。ワークシェアリング、法人税率を比較的早くから引き下げて多国籍企業の呼び込みに成功していることなど、これらは経済面のことですが、この本では経済の面以外のこと、文化や宗教や社会構造や棲み分けなどのことが詳しく述べられています。
特に、興味をひいたのは以下のことです。
・借家主体から持ち家に住宅政策が変わったこと。
・百の学校があれば百の教育があるといわれる自由な教育
・オランダの財界は労働者の質が低いので教育の質を高める必要があると主張していたこと。これと関連してEU内部での教育面での競争が起きていることも紹介されている。
・宗教や民族の自主を認める寛容、これも結局無関心と表裏一体ではないかと警告する人もいる
・柱状社会と言われるように異質な集団がいくつか成立して棲み分けをしてきたという見方(定説なのかもしれないが未確認)
・交通の面での交差点の工夫※107ページに図がある
・水質管理が非常に厳しいこと。運河の国であることと非常に深い関連がある
異質なものの存在を認め、それぞれの自由を認め尊重しあう、これは理想的な姿です。しかし、そこにはいろいろ問題があり具体的にどういう問題が生まれてきているかがよくわかる本でした。ただし、労働や経済面での独自政策についての記述は殆ど無いのでその方面の知識を求めている方には不向きでしょう。
柱状社会
★★★★☆
オランダはプロテスタント、カトリック、世俗自由主義、社会民主主義の4つの柱からななる「柱状社会」であるという。各「柱」は独自のメディアと教育権を公的に認められ、相互の立場を尊重しあって共存してきた。19世紀後半の滔々たる世俗化の流れの中で時代に逆行するかのように宗教勢力と妥協を重ねて形成されてきた社会システムではあるが、自由と寛容を極限まで重んじるという点では周回遅れのトップランナーの栄誉を担うことになった。教育学者である本書の著者は90年代前半より数度にわたり家族でオランダに滞在し、学校教育や国営放送の仕組からオランダ人の日常生活までさまざまなエピソードを交えつつ紹介してくれる。それらは、欧米"列強"を模倣して世界にも稀な均質な国民国家となった日本で生まれ育った者にとっては、脳の窓が開いて風が吹き込んでくるような新鮮な驚きとなろう。
しかしオランダのイスラム系移民が、そのような「柱状社会」の一つの柱となり、独自のメディア、独自の教育権を認められることによって、西欧的な市民社会の論理を共有することを前提に成立していたオランダの「自由」と「寛容」の行方が危ぶまれ、オランダ国民の中には周回遅れの近代国民国家待望論が台頭するにいたった。本書最終章はその現在進行中の事態にも触れられている。これもまた周辺諸国がかつての日本の後を追って急速に近代国民国家化しつるある現在においては、大いに気になるところであろう。英独仏などに比べて圧倒的に情報の少ないオランダを知る上で貴重な書である。
なお本書p85には「なぜ雅子妃の静養先にオランダが選ばれたか」という理由の一つとなった興味深いエピソードが述べられている。
安楽死やドラッグ合法化した歴史的社会的理由がわかる
★★★★★
オランダという国は、古くは株式会社、自由刑の刑務所、先物取引所そして共和政などの全く新しい社会システムを「発明」したが、近年も安楽死、ソフトドラッグ、売春の合法化、あるいはワークシェアリングなど他国に先駆けて新しい問題解決手法を取り入れている。最初は訝しく思ってもやがてその合理性に納得する。このような新しい手法を生み出してきたのが、文字通り「埋め立てで国土を造ってきた」事実とスペインから長い凄惨な独立戦争を闘って建国した歴史に深く関わっていることを教えてくれる。自由を求めて独立した精神は「寛容」を重視し、社会的価値観や宗教で棲み分ける独特な「柱状社会」を生み出したが、911以後移民問題で暗殺が起きるなど、寛容な社会も揺れているようだ。困難な社会問題を合理性と寛容で解決してきたオランダ社会が、国際的なテロにも関連した移民・民族問題をどのように切り開いていくのかという興味を喚起してくれる。