バランスの取れた経済学史の書
★★★★☆
非常にバランスの取れた経済学史の解説本です。読みやすく丁寧で、巻末の「文献案内」も参考になります。経済学に多少とも関心のある方は、一度は眼を通してみても良いと思います。
例えば、「限界革命」を担った大陸系新古典派のオーストリア学派における巨人の一人であるカール・メンガー(Carl Menger,1840-1921)は、「価値を個人の主体的行為の結果」として押さえ、いわゆる「主観的(主体的)価値論」を成立させたわけですが、この「方法論的個人主義」(シュムペーター)について19世紀オーストリア社会の状況と分かちがたい関係にあることが本書で理解できます(第3章の2)。従って、我々が「限界理論」を学ぶとき、そこにある“ホモ・エコノミクス像”に留意が必要であることを本書は教えてくれてます。
なお、本書では、マルクス経済学の説明におけるキー・コンセプトの一つとして、平田清明氏の主唱した「個体的所有の再建」(本書PP.108-109)を掲出していますが、私は個人的に、いかがなものかな、という感懐を持ちました。
市場経済を「軸」に経済学を語る!
★★★★★
多くの旧社会主義圏が市場経済化に向かっている現状を踏まえるならば、「市場経済」とは何かを明らかにすることはたいへん重要な現代的課題の1つである。本書は通常の「経済思想史」や「経済学史」のテキストとしての体裁を保持しつつも、「市場経済」という軸で経済学の歴史を描いている。「序章」を除いて全5章構成であるが(第1章「市場経済の発展と古典派経済学」、第2章「市場経済の総体的批判」(マルクスの経済思想)、第3章「市場理論の形成」、第4章「現代の市場経済」、第5章「現代経済学における市場経済像」)、コンパクトな仕上がりで読みやすく(逆にいえば、説明がコンパクトである分、初学者には理解しにくい箇所もあるだろう)、また「軸」が明確であることによって、「経済学の歴史」が「市場経済をめぐる言説の歴史」であったことを改めて認識させられる。全部で17個用意された「コラム」も興味深い(スラッファ体系をコラムとして扱う点にはやや違和感をおぼえたが・・・)。その意味で、本書は「市場経済の思想と理論の歴史」を叙述したものであるに他ならない。それぞれの学派において市場の理解が異なることを想起すれば、われわれは依然として「市場とは何か」という理論問題を十分に明らかにしていないことを自覚しなければならないのではないか。市場をめぐる経済学の論争はもちろんのこと、現存した社会主義諸国における市場経済改革の実践的帰結からも学ぶことが多いだろう。第5章の第3節「周縁からの経済学批判」からも伺われるように、学派自体が多様化・細分化しなにをもって「経済学」とみなすのかということですら曖昧な様相を呈しつつあるとはいえ、これからの経済学を見据える上で、本書は有益な手引きとなるに違いない。間宮陽介氏の『市場社会の思想史』(1999年、中公新書)との併読も有益であろう。興味深く拝読できたことを最後に記しておきたい。