宗教学の巨人の内心とは
★★★★☆
日本人が宗教を学問的に考える、という歴史の上で最高に重要な人物のひとりが、この本の著者である堀一郎であるといってよい。古代を中心とした日本宗教史に誰よりもくわしく、柳田國男や折口信夫の民俗学を吸収してオリジナルな論考を展開し、はては欧米の宗教学の知見を積極的に取り込んで、宗教に対する日本人の見方を洗練させた。その歩は本書の自伝的な部分でも語られている。とくに、やはり宗教学の巨人であるエリアーデとの出会いと、それ以後の著者の決定的な方向転換についても、いくつかのエッセイから知れる。また、いわゆる東大紛争という、宗教学者には宗教的にしかみえない社会現象から彼が受けたインパクトも、やはり強烈だったのだなあ、と後世の者にもよく理解できるようになっている。
「聖と俗」という宗教学の根本がタイトルに掲げられているのは、この学問の頂点に君臨した著者だから許されることだ。そして「葛藤」という言葉の意味は。おそらく彼は膨大な知識を持ちながらも、「宗教」の核心に対する確固たる視座だけは、最後まで獲得しえなかったのではと考えさせられる。もちろん素直にいえば、宗教現象そのものの「葛藤」的な部分のことをさすのであろうが、けれど、むしろ著者本人の内面のことだろう、と思いたくなるのである、この書物を読んだ後では。