たとえば、「木漏れ日が、レースで編んだようにたれ下がる樹上性蘚類を逆光に浮かびあがらせ、木々は今にも歩きだすような気配を漂わせていた」と写真家が記す幻想的な森のショット。ハンノキが中心だった森は、やがてハンノキが寿命を終えると、その倒木を羊歯や蘚苔類がびっしりと覆い、代わってトウヒが成長し盛りを迎える。トウヒも衰えると、今度はツガの木に森を明け渡していく。気の遠くなるほど長い時間の中では、こうして実際に森が動くというのだ。行分けのエッセイが詩のように構成され、読みやすく、また美しい物語になっている。
そんな森が育てているクマやフクロウ、オジロジカやアカリスなどの動物。産卵のため遡上(そじょう)した、川の両岸をびっしり埋め尽くすピンクサーモンの群れ。深い谷間の海に戻ってくるクジラたち。そして、どんな寒さのなかでもハッとするほど鮮やかな、霜に結晶した紅葉の植物。一瞬のシャッターに定着させられた生物たちの姿を見ていると、私たち人間もまたこんな森から出てきたのかと、いつもは忘れているはるかな時間を思わせられる。からだの奥深くに眠っている原始の力が、あらためて呼び覚まされる気持ちになる。(中村えつこ)