千年の歴史の重みを感じさせる名作
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かつて地中海世界に燦然と君臨した都市国家、ヴェネチア共和国。その1000年余の歴史を丹念に追った傑作歴史文学。
フランク族の侵入から逃れた人々が、干潟に移住したのがヴェネチアの起源。以来、その歴史は、常にとどまることのない不断の努力によって支えられていた。
海運と交易をもって歴史に名乗りを上げた創成期。
海軍力をもって十字軍に参戦、コンスタンティノープルを占領し、ライバルのジェノヴァを抑えて地中海の制海権を握った成長期。
無敵の海軍で地中海を我が海とし、芸術の繁栄も極めたルネサンス期の全盛期。
新興国オスマン・トルコとの闘いに苦しみながらも、工業国家、そして農業国家へと構造転換することに成功した後期。
国家としては小さなものになりながらも、観光都市として最後まで輝き続けた晩期。
そして18世紀末、ナポレオンに占領される事で、国家は静かにその終わりを迎える。
本書の面白さは、国家をあたかも一つの人生のように眺め、国家体制や産業構造の変遷も含め、国自体を一つの人格としてトータルに描いている事。人間と同じように、国家における幼年期〜青年期〜中年期〜晩期がつまびらかに描写される。そしてその歴史は、素晴らしい人生がいつの時期も輝き続けるように、時代ごとに異なった輝きをもって、1000年の時を刻み続けた。
本書は人物本意のありがちな歴史本ではない。むしろ個人より組織というものが大事にされていたヴェネチア共和国を描くにあたっては、過剰な人物への思い入れは正確な描写の妨げとなる。国家自体を一つの人格として描くというこの手法、ヴェネチアを描写するのに最適な手法と感じさせられる。
本書を読んで、筆者塩野氏のヴェネチアへの限り無い愛情を感じると共に、かつてこのような奇跡のような国が存在したことを知って、自分自身へのかけがえのない財産となった。日本では知名度の低いヴェネチア共和国であるが、その歴史はまさに人間の可能性を感じさせられるたいへん素晴らしいものだ。もっと多くの人に知られてよい歴史だと思う。
塩野氏の歴史文学では”ローマ人の物語”と並ぶ双璧だと思う。一生を共にしていけるような素晴らしい本に出会えた事に感謝して5点満点献上。
ヴェネチアという海洋国家の盛衰を描いた一大叙事詩。
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膨大な資料を基に、ヴェネチアという国家の盛衰を冷徹に描切った傑作。これを読んだら、ヴェネチアという国家が大好きになる。
この本で分かるのは、ヴェネチアという国家が徹底した合理主義に貫かれていること。その一番代表的な考え方こそ、「戦争は不経済であるからやらない」という考え方であろう。悲惨だから戦争はやらない、という甘っちょろい考え方とはまるで違う、確固たる信念がある。
この本を読むと、ヴェネチアという国家の盛衰を、つい人間の一生に重ねあわせてしまう。青壮年期のヴァイタリティ溢れるヴェネチア人が、衰亡期に入ると、まるで老人の如く覇気を喪っていく。それは海運を軸とした海洋国家であるヴェネチアが、徐々に荘園経営を主体とした国家に変貌したせいだろう。そうでなければナポレオンにいくら攻められてもびくともしなかったはずだ。
「レパントの海戦」と並び、本書は日本国家の指針ともなるべき内容の詰まった本。自分は推理小説と歴史小説は女には書けない、という偏見を持っていたが、この作者はその偏見を見事に破ってくれた。
かなり長い本だが、読み始めたら興味深くて止まらない。この本を読めば、危機に際して、日本がどのような対処をしなければならないか自ずと分かってくる。
日本国民(オーバーか?)が是非読んでおかなければならない本。
平然としていた
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塩野七生さんの小説を読むのはこれが初めてです。
司馬さんの小説が好きであり、日本の歴史にとても興味を持たせてくれたので。世界の歴史も興味がもちたくこの小説を読みはじめました。
最初の150ページ程読むまでしんどかったです。人間に的を当てて物語が進むのではなく、会話文もほとんどなく、勉強の講義を受けてるような感じで。
しかし!そこを越えたら、凜とした文章が小気味よく、非常に好奇心を掻き立てられました。
ヴェネツィア人が国交断絶されても破門にされても破門にした側の宗派の人々と同船している時にも「平然としていた」など、なんだか可愛らしくまた面白いです。
読み終わる頃には塩野さんの文体も愛おしく、ヴェネツィアにも興味が湧き、物語の展開も気になってしかたなくなりました。
驚くべきヴェネツィア1千年の歴史
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4年前にイタリア旅行をした際に水の都と言われたヴェネチアに2泊滞在した。運河も街並みも聖マルコ寺院もすべてが美しく趣きがあり、同じ古都でもローマやフィレンツィアとは異なる魅力溢れる都であった。
ただ、その折に本書を既に読んでおり、現在は観光が唯一の産業であるヴェネツィアが、8世紀以降約1千年に亘って貿易都市国家として地中海を支配していたことを知っていたなら、その旅は更に感慨深いものがあったであろうと思う。この6巻に亘る大作には、ヴェネツィアという人口10万人程度で始まった小さな都市国家が、かくも長き繁栄を続けることができた理由が、実に生き生きと描かれているからだ。
大きな理由の一つは民主主義と君主制の中間のような独自の政治体制を整えて権力の集中を防ぎ、ヴェネツィアという都市国家の繁栄を守るためにそれを維持し続けたところにある。その結果、ビザンチン帝国、ライバルであるジェノヴァ、そしてオスマントルコ帝国といった強国の間で、経済力と情報網と政治力を駆使して生き抜くことができた。
人口が少なく強力な陸軍を有することができないこの国には理想や夢を語る余力はなく、常に現実主義者として合理的な行動を続ける必要があり、時にはイスラム国と妥協も重ねたため、ローマ法王庁や他国からは非難を受けることも度々であった。ただ、その現実的で合理的な行動を取るために折々の貴族達が必死に知恵を絞り、時には命を投げ打つ必要さえあったわけで、決して安易な道のりを選んでいたわけではなかったこともよく理解できた。
現代日本とは規模も時代も異なるため比較の対称にすることは適当ではないかもしれないが、同じ貿易に生きる国としては学ぶことも多々あると感じた。
ヴェネツィアのあけぼのから第四回十字軍まで
★★★★☆
著者によると、ヴェネツィアは、アンチ・ヒーローの国であり、英雄がきら星のごとく輩出する古代ローマとは全く異なるそうです。
確かに、高校の頃に学習した世界史のヨーロッパ中世史でも、イギリス、フランス、神聖ローマ帝国等については結構教科書に書かれていましたが、イタリアについては、ローマ法王庁とルネッサンスに関わって出てくるぐらいで、ヴェネツィアに至っては、「そのような国があった」という程度でしか触れられておらず、影が薄いことは否めません。
しかし、そのような国が、現実には、周りの強国と互角に渡り合い、1000年間も存続していたというのですから、どのようにして国が興り、発展してきたのか興味がわくというものです。
本書では、ヴェネツィアの誕生から第四回十字軍までが扱われています。ヴェネツィアがローマ帝国の時代に誕生したというのは初耳でしたし、ヴェネツィアがローマ教皇から破門されても平気だったわけが、本書を読んで良く分かりました。