本書は、副題の「江夏豊とその時代」にもあるとおり、江夏豊という大投手に踏み込んだ人物論ではない。江夏はもちろん、有名、無名の選手、関係者へのインタビューを通じて描写した、かつてのプロ野球黄金時代への賛辞というべきノンフィクションだ。江夏をストーリーテリングの軸としたのは、著者が熱心な阪神タイガースのファンであったから。また、当時の花形選手である長嶋茂雄や王貞治ではなく、起伏の多い野球人生を歩んだ江夏をあえて選んだことで、黄金時代の光と影を効果的に浮かびあがらせている。
冒頭、最新設備のドーム球場で繰り広げられるゲームに、どこか無機的な雰囲気を感じる著者。かつての心躍るゲームに思いをはせるとき、江夏の姿が思い出され、そこから著者の「あの投手への旅」が始まる。著者にとって江夏は、同時代を生きた反体制の象徴であり、ノンフィクション作家を志すきっかけだった。本編では、当時から30年余を経ているにもかかわらず、綿密な取材によって、選手や関係者の泥臭いやりとりや、職人的意識が生き生きと描かれている。それらが、リアルタイムでは浮き彫りにできなかったであろう時代性や、歳月を経た元選手たちのひと言ひと言を、重みをもったものにしている。
また、各章の端々には著者自身の青年期の思いが重ねられる。だが、過剰な郷愁や押しつけがましさはなく、自己完結にとどまらない読み物としてのエンターテイメント性を十分にもっている。プロ野球ファンにはプロ野球黄金時代の検証として興味深く、そうではない人も、プロ野球を通じて、その時代を見事に描いた著者の視点に興味をそそられるだろう。その読後感は、単なるスポーツノンフィクションの枠に収まらない。(佐藤修平)
江夏に「損か得か」という生き方はない
★★★★☆
江夏自身が語った『左腕の誇り』とともに、本書は江夏本の白眉だ。様々な伝説に彩られた江夏豊も今年で還暦。その圧倒的な実績と記憶。そして人間。江夏という人間を端的に物語るのが書中にある次の一節だ。
「好き嫌いがはっきりしていた。とりわけ上のものにへつらう奴を極端に嫌った。好きか嫌いかはあっても損か得かはない」
団塊世代の江夏ではあるが、その世代概念では括れない不器用さ、独り行く、しかし寂しがり屋で甘えん坊の人となりがファンに特別な哀愁を抱かせる----そんな印象がある。
いま、多くの江夏ではない平凡な男達は、「損か得か」という行動原理しか持たない。好きか嫌いかでは生きていけない。それを仕方がないという諦めと浅はかな狡さを持って自己慰撫とも自己憐憫ともつかぬ言い訳にして・・・。
本書は自らの生き方を省みる一つの教材ともなるだろう。
野球が熱かった頃が描かれています
★★★★☆
近年、江夏といえば、あの「江夏の21球」ばかりがクローズアップされがちですが、トラキチである私からすれば、やはり、ONを筆頭に、強かった巨人相手に剛速球で立ち向かい、バッタバッタと三振を奪った頃の江夏が、最も輝いていました。その阪神時代の江夏に焦点を当てた本ということで、購入しました。
この本を読んでわかったことは、江夏が阪神にいた頃の野球というのは、純粋に「速く投げ、遠くに飛ばす」ことが最も素晴らしく、ファンも、そんな選手たちの姿見たさに球場に通っていたということ。また、選手たちも、時として、ゲームの勝敗を二の次にして、速い球にこだわって勝負していたことがわかります。
ここには、今の管理野球が忘れてしまった、熱かった野球が描かれています。昔の野球は良かったよなあとお嘆きの貴兄に、お薦めの1冊です。
すごい投手だったのだ。
★★★★★
江夏は僕より2つ上で学校も近所であった。ものすごいピッチャーがいるという噂はどこからともなく聞こえ出し、夏の大会の予選を勝つ進んでいった。ただどこかの段階で破れ、やっぱりピッチャー1人だけではあかんのんやと思った記憶が残っている。その噂のピッチャーが阪神に入りあっという間にエースになってくるとは夢にも思っていなかった。1968年、1973年もうちょっとで優勝だというシーズンに江夏は期待を背負って何度も出てきた。僕の記憶は、江夏が出て負けた記憶のほうが多い。ここで勝ってくれと意気込んで応援すればするほど負けたような気がする。昔の国鉄スワローズの金田投手の記録は万年最下位球団での記録であるがゆえにその輝きは増す。あの時の阪神の打線がもうちょっと打てたらこんな記録ではすまんかったと確信している。残った記録だけでもすごいですが。生き方に不器用そうで、野球しか出来ないような江夏の姿が実に阪神にぴったりだったような気がしている、トレード後の活躍も当然知っているが、やはり阪神タイガーズの縦縞ユニホームが似合っている。作者の個人的思い出が不必要というレビューもありますが、個人の思い出とともに江夏がいたという証のような気がしてこれもありだと思った。堀内は大嫌いがったが、江夏のためになるのならと言ってインタビューに応じた姿に考えを改めた。嫌いといってもいつも江夏が苦しめられたからというだけの理由であるが。
インタビューが豊富,内容も濃い!
★★★★☆
タイガースをはじめホークス,カープなどで先発,リリーフとして活躍した投手・江夏豊氏の,特にタイガース時代に焦点をあて,彼の奮闘(というよりも苦悩)ぶりや彼を取り巻く人間模様を描き出したノンフィクション.本人や当時の関係者へのインタビューが豊富で,内容は濃い. ただし,著者が自分の青春時代を振り返える記述は不要(これが星ひとつマイナス).このあたりは読み手の好き嫌いによるかもしれないが.
天才投手
★★★★★
阪神タイガースにはかつて村山とかバッキーなど二十勝級のピッチャーが何人かいたが江夏の全盛期はそれをはるかに越えていた。
村山が長嶋をライバル視したように彼は王を終生のライバルとし、彼から三振を取ることを常に念頭に置き、ここぞという記録は意識して王から取った。王も逃げず常に全力で向かった。
ワンマン投手の感のある彼もこと野球一特に配球や投球術に関して並々ならぬ興味を持ち、この手の話になると何時間も座りこんで喋っていたそうだ。
節制など皆無だったため肘を壊し、後年はリリーフ投手に成り下がったが……
全盛時の奪三振マシン、先発完投型の江夏が好きだ。