子どものころ、見知らぬ男と友だちが入っていった茂みの中で、恐ろしいものを見たと語る母親(「花嫌い」)。真っ黒な小鬼を背負った若い女(「客の背中」)。行方不明事件から生還した娘の家に、ある日やってきた娘とそっくりの少女(「ほんとうの娘」)。湖面に浮かぶまぶたのない男と女(「水面に立つひと」)。命日になると現れる緑色に輝く友人の霊(「緑色の男」)。ホテルの戸棚に潜む白目をむいた小さな女(「戸棚の中」)…。
作家の手によって息吹を与えられた怪談たちは、淡々とした筆致ながら、まるで一篇の短編小説のような味わいがある。とくに福澤自身の体験を物語った「祀られた車」や、叔父の見た不思議な夢の話「小指をくれ」などは、余分な装飾を削ぎ落とされた文章のひとつひとつが、じわりと読み手に恐怖を感じさせる珠玉の怪談といえるだろう。怪談随筆集といった趣の本書は、新たな怪談文学の萌芽を予感させるものである。(中島正敏)