アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記 (公開題「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」) [DVD]
価格: ¥5,184
これは、レオンハルトやアーノンクールらを中心とする古楽器演奏家たちが、可能な限り厳密に考証された当時の衣装・かつらを着用して、教会や古い家屋の中で演技・演奏する音楽映画である。バッハの2人目の妻として献身的につくしたアンナ・マグダレーナが語り部となることによって、映画全体が一つのバッハ伝記となっている。
バッハの時代とは一体どんな雰囲気だったのだろうか? 人々はどんな生活をし、どのような状況下で音楽は演奏されていたのだろうか? この映画は、それを出来るだけ忠実に視覚的に再現しようとしている。たとえば、数々の荘厳な宗教曲が演奏された教会のオルガン・バルコニーが、すし詰めに近い狭苦しいスペースだったことには驚かされるし、それを敢えて再現するこだわりはおもしろい。1967年製作の白黒映画だが、大変陰翳の美しい映像である。多くの演奏シーンは、編集なしの一発撮り、音楽も同時録音。楽器や声のピッチの乱れがかえって生々しい。一般のレコーディングでは決してOKが出ないようなテイクが、丸々収録されている。そういう意味でも、きわめて珍しい音楽映画といえるだろう。伴奏でも解説でもなく、純粋に「美学的な素材として」(ストローブ)、音楽が扱われている。
それにしても、ここに流れている音楽は素晴らしい。“いびつさ”(正にバロック的)が、この映画には満ちあふれていて、機械のような正確さを志向しがちな現代の演奏とは違った、手工芸品のような音楽体験が味わえ、血の通った人間の営みとしてのバロック音楽を感じさせる。草創期の古楽器演奏家たちの情熱的な演奏も、観る者を釘付けにするに十分な迫力がある。この映画はいまでも、私たちがバッハの時代に想像力を飛翔させるための、大きな助けになるだろう。28ページの解説ブックレットも充実した内容。(林田直樹)