ドイツの児童文学作家コルネーリア・フンケの長編ファンタジー。若き竜と怪物たちとの戦いを壮大なスケールで描いた『竜の騎士』で注目された著者は、長編2作目となる本書で、チューリヒ児童文学賞やウィーン児童文学賞を受賞。その実力が認められ、本国ドイツで、ベストセラー作家となった。水の都ベネチアを舞台にした本書は、ストリートチルドレンの縦横無尽の活躍を、スピーディーな展開で読ませる冒険物語である。
12歳の少年プロスパーと5歳になる弟のボーは、読書好きの少女ヴェスペやその仲間たちと、廃墟となった映画館で暮らしていた。兄弟は、2人を引き離そうとする伯母夫婦から逃れるため、ヴェネチアまで家出してきたのだ。そんな身寄りのない子どもたちのリーダーは「どろぼうの神さま」と呼ばれる少年スキピオ。スキピオは、金持ちの家や美術館に忍びこんでは、高価な品々を盗み出す怪盗だ。しかし、伯母夫婦から依頼を受けた探偵ヴィクトールの出現によって、子どもたちの生活に、少しずつ変化が訪れる。
年老いた伯爵からの奇妙な依頼、探偵との追跡劇、強欲な古物商との緊張感漂う取り引き、そしてスキピオの秘密。さまざまな謎と事件を追いかけ、町を駆け回る子どもたちを通して、著者は、大人になることの意味と切なさを語りかける。なかでも、「子どもは大人になり、大人はまた子どもにかえる」という伝説のメリーゴーラウンドを前に、戸惑うプロスパーの姿には、若い読者だけではなく、多くの大人たちも心揺さぶられるに違いない。胸を躍らせた幼いころの記憶が、はっきりと蘇ってくる本書は、物語中のメリーゴーラウンドに魔法をかけられたような、不思議な体験を約束してくれている。(中島正敏)
残酷な希望
★★★★★
ヴェスペの女言葉は不自然(これのために現代の物語ではないという印象を与える)だがそれを除いては良訳。
世に抵抗して生存のために作り上げた箱庭をそれぞれが出て行くまでの物語。ヴェスペはウェンディの呪われた系譜の血を引く娘であり、彼女はそれを非常にシニカルに深く理解している。他より抜きん出て老成せざるを得なかった彼女のことばがしばしば他を凡て圧倒するのは当然のこと。
メリーゴウランドは時間と空間を飛び越える移動装置として時折文学に存在するがこれもまた。
子供時代、少年時代の凡てを自ら喪うことでしか得られなかった自分自身を、かれは引き受けてゆくだろうし、その悲劇性に気づくにはあと十年はかかるだろう。
希望と絶望のせめぎあう、怜悧な残酷なものがたり。この作品に二次創作が多いのは当然。キャラクターそれぞれのこれからに強く思いを馳せざるを得ないものがたり。
子供たちのうちただの一人も死なずに済んだのは作者のやさしさだろうか。
おとなへ
★★★★★
小さい頃ってなにを思って生きていたのか。
すっかり忘れてしまった物を取り戻せるような作品です。
私がこの本に出会ったのはまだ小学生の頃だったのですが、今も時々本棚から出して読みます。
当時は「すごく素敵なファンタジー」、或いは「大人っていっつもそう!」と言った一種理不尽さを感じながら読んでいました。共感できたんですね。
最近はその気持ちを思い出すために読んでいます。
作品の受け止め方が変わっているのを感じては、知らないうちに少し大人になってしまったな、なんて思ったり。
子供にとっても完成度の高い、だいすきになれる本です。
でも、これはあえて大人に読んでもらいたい児童書かもしれませんね。
ちなみにこの本のおかげで私はすっかりヴェネチアに夢中です。
ワクワクして、ちょっと切ない
★★★★★
ヴェネチアを駆け回ることの出来る作品です。
水の音、運河に映る光、ワクワクしてくる夜の匂いまで感じられます。
そして、子供の物語です。
背伸びしたい、強がりたい、心細い、仲間でいたい…大人になる直前の子供の複雑だった気持ちがとてもリアルに蘇ってきます。
大人の目線でみると都合良すぎるような後半の展開も、物語そのものが子供たちとともに、ファンタジーと現実(大人と子供)の間に揺れていて、子供たちの夢がかなっていく様子が「現実のような描写の(ファンタジーを卒業しようとしている)ファンタジー」として描かれているように思います。
テンポよく読めます
★★★★☆
タイトルに書いた通り、本当にテンポ良く読めちゃいます。
500ページもあるわりにはあっという間に読んでしまい、とても読みやすいと感じられました。
何よりも、登場人物一人一人の個性が出ているところが良いと思います。
気分よく読めたのですが、最後のところは少しあせりがあるのか、
物語を省略的に書いてしまっているところがあるようです。
でも、全体的にはまとまっていて、私的には好きな作品となりました。
まだ読んでいない方は、ぜひ読んでみて、色々なことを感じとってみてください。
すばらしい、おもしろい、けど!?
★★★★☆
独特のテンポで、500ページ近い長編を一気に読ませる力量は本物。かといって足早な感じはなく、登場人物の描き方も丁寧。個性豊かな子どもたちも、それぞれに素敵だが、子ども心をもった二人の大人、ヴィクトールとイダが特に素晴らしい。
舞台となるのは水の都ヴェネツィア。他の町は考えられないほどに、これはヴェネツィアの物語。フンケはこの町の季節感や、朝と夕の空気の違いまでも良く知っているに違いない。
ただ、伝説のメリーゴーラウンドという設定は、リアリスティックな物語の進行の中で非常な違和感があり、メリーゴーラウンドが動いてから、物語の深みと色合いが急にあせた感じがした。
そして、物語最後の2行はまさに蛇足。著者自らタイトルに泥を塗り、物語を損なっているとしか言いようがない。
もちろん、この2点を差し引いても十分読むに値する物語である。