本書は12年前の湾岸戦争の衝撃から生まれた。それに次ぐユーゴスラビアでの戦争、世界新秩序、そしてグローバリゼーションとその直接の帰結である国内のさまざまな改革について、それぞれ個々の議論はありながらも、ではつまるところ世界はどうなっているのかということについてははっきりした議論はなかった。とりわけ現状に対して批判的に接しようとする者にとって、決定的な理論が出ないことに対して大いに不満だっただろう。
本書は、そういった不満を一掃させてくれる、すぐれて総合的な世界の見方を大胆に示した書物だ。著者たちは本来の彼らのスタイルである難解な文体を捨て、平明な語りに終始している。まず読みとるべきは、ポストコロニアル理論、カルチュラルスタディーズ、H・アーレント、マルクス、ドゥルーズ、スピノザ等々、今まで別々に語られてきた批判理論のほとんどすべてが検討され、個々の理論がお互いどう結びつくのかといった、われわれの疑問に彼らはみごとに答えている点だ。しかも単に図式を描くだけでなく、「内在平面」とかバイオ・ポリティックスなどのキーワードを駆使して、世界の変化がわれわれ個々人の内面といかに密接に関連しあうのかを示していることも、本書の類まれな特徴の1つだ。単なる教養の域を超えて、日常の葛藤から世界認識までを描いているのだ。
この書に対して、アメリカの位置づけをめぐって批判が世界から噴出した。また頻出する「マルチチュード」という言葉に対して、具体的に何を指すのかについても曖昧(あいまい)だという弱点はある。しかし、ともかく彼らは強力な図式を提示し、われわれを豊穣な論争の世界へ誘っている。現実が見えなくなったとぼやく前に、ぜひとも読まれるべき本だろう。(池上善彦)