含蓄に満ちた鋭い視線
★★★★★
視点のセンスが抜群だ。
対談も面白いけど、ちゃんと文章として書いてある『第一章』が良い。
素晴らしく良い。
平明な文体で書かれているので、全体的にさらっとよどみなく読めるんだけど、あとで何度も読み返して吟味したくなる、含みを持った文章がそこらかしこに点在している。
これはやっぱり、年の功というか、経験が磨いたセンスなんだろうなぁ。
いろいろな思考に発展させるヒント集として、大いに世の中の役に立つ一冊だ。
別に貧困問題だけではなく、もっと広域な、生きていくうえで対面する諸問題への処方箋になりうるだろう。
お勧め。
ひさしぶりにお腹に落ちた情況論。「蟹工船」ブームをどう捉えているか?
★★★★★
本書は、最近1年あまりの間に、いくつかの雑誌媒体に発表された、吉本の最新インタビューをまとめたもの。最後の1本のみ未発表で、インタビュアーはすべて高橋順一という人。
最近、共産党の入党者が増え「アカハタ」の購読者も増えているだとか、「蟹工船」がベストセラーになっているとかいうニュースを耳にするが、本書の最大の目玉は、吉本隆明は今のこの情況をどのように分析しているか、にある。とくに、「蟹工船」ブームをどう評価しているのか。
実は私は、吉本さんは現在のこの情況を否定的に、つまり、いまどき「蟹工船」なんて読んでも仕方ない、という風に吐き捨てるものだとばかり予想していた。
しかし、予想に反して、けっこう肯定的に捉えているのには驚いた。吉本さんは、80年代後半から90年代初め頃、「ハイ・イメージ論」などで、現在日本の大衆の9割が中流意識を持っているから、外挿の理論を用いれば、そのパーセンテージはどんどん増えていくだろう、みたいな無責任なことを書いていて、どうしても納得できなかったことを思い出す。
あれから二十年近くたって、むしろ、現在は「格差社会」と呼ばれ、ニートやフリーターが急増している。
まあ、中期的に見れば、吉本さんの情況分析は大ハズレだったわけだが、いつの間にかそれを軌道修正していらっしゃる。
ま、それはともかく。現在を「第二の敗戦期」と捉える吉本さんの分析は、久しぶりに自分の生活実感とフィットするなあ、という印象を持った。
それから、新訳がベストセラーになっているというドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を再読しようとしていることも、ちょっと驚きだった。
ためになる知見があちこちに散らばっているが、個人的には−−「蟹工船」がブームになるのは、現代の作家が現代の「蟹工船」を書けないでいるからだ、という鋭い指摘と、「言葉の本質は沈黙にあるということ」という哲学が一番、お腹に堪えた。
本書に収められている一番長いインタビュー「肯定と疎外」は、昨年夏の「現代思想」吉本隆明特集に掲載されていたものだが、私は、そちらの方のレビューでは「寂莫たる想い」と否定的評価をしておいた。
しかし、本書で、他のインタビューと通して再読してみたところ、また違う印象というか、...これが、80代の吉本隆明の肉声なのだな、と妙に自分の中での評価が変容してきたことを付け加える。同世代の三島由紀夫も安部公房もとっくに鬼籍に入っているのに、吉本さんはまもなく85歳になろうとしているのだ。
最後に。
そのインタビューの中で、高橋順一はミシェル・フーコーとの対談年を1982年と誤って話しているし、彼の手になる注記でもそのように誤記している。正しくは1978年だし、その対談を収めた「世界認識の方法」が出版されたのも、1982年ではなく1980年だ。雑誌掲載時に誤ったまま、本書でも訂正されていない。
吉本隆明の一貫性
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高橋順一さんとのインタビューを収録したもので、初出は以下の通りです。
「蟹工船」と新貧困社会(『文藝春秋』2008年7月号)
戦後のはじまり(『現代思想』2007年12月臨時増刊号)
肯定と疎外(『現代思想』2008年8月臨時増刊号)
男とは、マザー・シップと見つけたり(『ユリイカ』2008年9月号)
難しくて易しい問題 関係とはなにか(語り下ろし、2008年11月13日収録)
全体を通して、思想としての貧困と富の問題から
「関係の絶対性」への経路が語られていると思われました。
ほとんど既知の事柄も新たに語られることによって納得できたこともあります。
例えば、戦時中は軍国少年であったことは既に公言されていますが、
さらに踏み込んで、貧乏人の息子として、226事件の反乱軍の方の肩を持ったと語っています。
また、戦時中の産業報告会には反感を持っていて、
戦後も幹事たちが労働運動の指導者に横滑りしていたのでおもしろくなかった。
そこで、地区の労働組合の話の分かる人を頼って、自立的にストライキを実行した。
ここから党派制の止揚というテーマが導かれることになります。
つまり戦中から戦後への一貫性が、実感的に納得できました。
さらには、親鸞についても関係の絶対性の視点から語られます。
本書は、吉本思想の発想の根本と論理を実感的に理解する上でとても重要だと思われました。