偏見こそが悲劇のもと
★★★★★
500ページを超えるボリュームにもかかわらず、飽きることなく最後まで堪能できた素晴らしい作品でした。
20名ほどの語り手が登場するなかで主に中心となるのはマン島出身のキューリ船長、「エデンの園」はタスマニアにあると信じているウィルソン牧師、外科医でありサクソン人が人類の中でもっとも優れていると確信しているポッター医師、無理やり探検に参加させられた若き植物学者ティモシー、そしてアボリジニの母と白人の父の間に生まれたピーヴェイ。
それぞれの人物がそれぞれの偏見を心に抱えており、その偏見こそがこの物語を最後まで引っ張っていくような印象でした。
キューリ船長は、英国本土の人間からは蔑まれるマン島出身者。
作者自身の視点はこの船長に一番近いようです。
読み始めの印象は、イギリス人お得意の「ユーモア小説」ですが、読み進むにつれ、そんな単純な話じゃないことが証明されていきます。
「人種による偏見」や盲目的なキリスト教信仰への作者の批判は特に痛烈ですが、それをユーモアのオブラートに包むやり方は秀逸です。
19世紀の英国人がいかに残酷な方法でタスマニアのアボリジニを絶滅へ追いやったかという事実は、重苦しい気持ちにならずに読むことは不可能ですが、その事実をピーヴェイの視点から真摯に描きつつ、最後の最後までエンターテイメント作品としての面白さは失いません。
そして個人的には、憎しみと悲劇の元凶である「偏見」から一番自由だったティモシーの存在に、作者が落とした希望の種を感じました。
色々なことを考えさせてくれるこんな優れた作品を、素晴らしい翻訳で出版してくれた早川書房さんに感謝です。