「大型本格派」皇帝の光と影
★★★★☆
本書は、大明帝国の第3代皇帝である永楽帝の生涯を、一般向けの平易な言葉で物語風に紹介するものです。
この永楽帝、歴代皇帝の中でも屈指の雄才大略を誇る「大型本格派」の皇帝です。空前絶後の漠北親征や鄭和艦隊の南海派遣、さらには遥かヴェトナムや南シベリアへの遠征など、帝国の威信発揚という面では極めて派手な治績を遺しており、ちょっとした英雄豪傑です。
その割に後世の人気がいまひとつなのは、リチャード3世ばりの皇位簒奪劇や宦官の重用、そして秘密警察組織の設立など、独裁権力者としてのダークサイドも人並みを超えているからでしょうか。
筆者は、こうした永楽帝の光と影の両面をメリハリを利かせた形で的確に捉え、時代背景の解説を加えることにより、全体として一つの劇的な物語に仕上げています。さすがは宮崎市定教授のお弟子さんと言うべきか、文章や構成には殊のほか工夫が施されており、恰も青少年向けの文学作品を読んでいるかの如き感を抱きました。
もとより一般向けの伝記であり、当時の制度や社会・経済などについては殆ど触れられていませんが、この時代の大まかな雰囲気を把握するには十分だと思います。
今年は鄭和の遠征開始からちょうど600周年とか。本書を読みつつ、その意味合いなどに思いを致してみるのも良いかも知れませんね。
スケールの大きな「軍人皇帝」の生き様
★★★★★
明朝の創業者にして古今無双の英雄、朱元璋の第四子として生まれ、北京周辺でモンゴルへの防備を担っていた燕王。側近に唆されて次々に兄弟の王たちを屠る二代建文帝の先手を取ってついに兵を挙げ、南京を占領、皇位を簒奪する。中国史上でも類のない軍人皇帝たる永楽帝の登場である。彼は「大中華帝国」を夢想し、自ら兵を率いモンゴルを五回も討ち、古来中国人を悩ませた遊牧民に対する備えを盤石にした。また鄭和が指揮する大船団を派遣して西方世界へ中華の威風を轟かせることを企図した。また西方にはもうひとりの英雄チムールが「モンゴル帝国」の復活を掲げ、永楽帝と対決しようとしたが志半ばで夭折した。日本史上類のない皇位簒奪を企てた足利義満は、永楽帝から「国王」の称号を得て日本を中華システムに組み込むことにより「天皇制」を超克しようとした。こういった意味で永楽帝は、始皇帝や漢の劉邦、そして父の洪武帝にも劣らぬスケールの大きな皇帝だといえるだろう。