適度な撹乱ならいいけれど
★★★★☆
著者は動物プランクトンの研究者であるため、生物多様性に対する見方が一般人と少し違う。この点は面白い。殺虫剤によって大型ミジンコが減れば、小型ミジンコ以下の微生物は増えるという説をよく出しているが、全てがプランクトンのようにはいかないのではないか。生態系のピラミッドの上位にいる生物が減れば当然その下にいる生物は増えるだろう。しかしそれが生物多様性を高めていることになるだろうか。適度な撹乱が生物多様性を高める、とあるがそれは自然環境が豊かな場合のあくまで「適度な撹乱」であって、人為的に弱くなっている環境の場合はどうなんだろうか。複数の撹乱によって絶滅した生物は数多くいるはずだが。
人間は肉眼で見える生物だけを見て生物多様性保全を言うが、それは差別ではないかと著者は言う。しかし大型肉食獣や猛禽類など生態系の上位にいる動物が安定して生きていける環境こそ、微生物まで含めてバランスがとれた自然環境だと思うのだが。
以上、素人ながら思ったことです。
ヤワなのはむしろ人類なのである。だからこそ我々は、生態系を守らねばならない。
★★★★☆
書名こそ挑発的だが内容は穏健で正統派。この書名からはまるで、「自然の営みに対しては、人間活動などは影響を与えないのだ!」とでも主張されそうだが、そんな心配(?)はいらない。
途中で脱線する「日本人論」にはやや乱暴なところがあり(笑)、また、里山や水田の生物多様性への評価には異論を唱える向きもあろうが、著者の専門の生態学に基づいた生物多様性保全の考え方は、基本的には、生態学を知る大多数の人間が同意出来るものだろう。「生態系は人類のため」というのも、一部のディープ・エコロジストなどを除けば、現在の主流の考え方である。(ただそれだけに、既にある程度、生態学を学んだ人には、この本では新しい発見は少ないかもしれない。その点は残念だ。)
しかしより大きな問題は、生態学的に見れば「当たり前」で「当然」なことが、世の中全般にはまだまだ理解されていないことで、(だからこそ書名や章題などを、実際の内容以上に挑発的にする必要があったのだろう。)本来はこのような書籍は、より多くの人が手に取りやすいよう、新書本などで出版して欲しかった。
名古屋のCBD-COP10を控え、生物多様性への社会的関心も高まっているが、生態系にも生物多様性保全にも誤解が多いのは、本書の副題の通りである。ぜひ多くの人に本書のような優れた案内書を読んでもらい、正しい認識が広がることを期待する。著者が「生態系保全は人類が生態系からはじき出されないようにすること」と書いた意味を、社会の人々全般が理解している世の中になることを願う。
バランスと未来を考えた生態系保全を訴える良書
★★★★★
農薬入りの水中でも濃度によっては生物多様性が高まるという実験結果から、ヒトの活動全てが生物多様性を低めるわけではないと筆者はいう。だから農薬を使っていいというのではなく、生物多様性の保全について多面的な考察の必要性を訴える。
農薬の事例の引用がややくどいが、研究者としての環境保全に関わる優れた見識を随所に見ることができる。例えば、河川湖沼の水質浄化は生物多様性を減らす行為であるのに、それを単純に良しとしたり、都合の悪い植物・昆虫を排除して極めて多様性の低い環境を作りながら、水田の生物多様性を高めようとしたりする活動は、種の差別でありヒトの身勝手であるとの指摘はまさにその通りである。
本書は、そのような現在の生態系保護・保全活動の矛盾を指摘するだけでなく、ヒトも地球に生きる他の生物種と同様に、環境を改変してでも生物として生存する権利があると述べる。それを認めた上で、ヒトが生態系に与える影響の「物差し」として生物多様性を保全しながら、人類が利益を得られるように生態系を管理するべきだと説く。そして、ヒトも地球の生態系のバランスの中にいることを忘れず、100年後、1万年後のヒトの幸せを考えた保全活動が肝要であるとまとめている。
生態系保護・保全に関わる考察を深める上で、非常に役立つ本である。環境問題に興味のある方に一読を強く薦めたい。
唯我独尊
★★★★★
この本を読んだのは,生物多様性保全についてどのように考えて,どのように対処すれば良いのか知りたかったからだ.
読後の成果として,生物多様性をなぜ保全するのかについて私なりに納得できた.しかしながら,その結論はロマンチックではなかった.我々人類が永遠に存続し続けるために,生物多様性を保全しなくてはいけないということだった.自分たちとその子孫を守るために,生態系を保全するということだ.なんだか少しくやしいけれど,自然から生態系サービスを受け続けられるように維持管理するということだと理解した.
他の生物だって,己が生き残る戦術を展開している.人類の場合は,他の生物種と比べるまでもなく,自然環境に与える力が巨大であるために,理性的に調整しなくてはならない.しかし,それをどのように調整するのかは,まだわからない.ここに英知を注ぐ必要があるのだろう.
なお,ヒトが良いと思う自然環境は,生まれ故郷のそれに一致するとの記述には,首をかしげる.品田穣著「ヒトと緑の空間」の主張と異なっているからだ.
それを差し引いても,全体にとても読みやすく,生態系の特性の理解や生物多様性の意味について,有用な示唆を与えてくれる良書だ.