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とりかへばや、男と女 (新潮選書)

価格: ¥1,260
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
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エグイ古典文学に対するユング的心理解釈 ★★★★☆
著者の河合氏は臨床心理学の第一人者。対談の名手で、各界の識者との対談集など多数。現在、文化庁の長官を務めている。

そんな著者が本書の題材に選んだのは「とりかへばや物語」。平安末期に成立したようだが、作者は不詳。話の荒筋は、高貴な家に生まれた姉弟が男女逆の性格を持つため、逆の性を持つ人間として育てられ、宮中に入り様々な苦難に遭うが、最後はハッピー・エンドで終るというもの。男として生きている姉が別の貴族に犯される等、露骨かつ倒錯した性描写があり全体的に退廃的ムードが漂う。昔から作品に対する評価も「源氏物語」に始まる王朝文学の悼尾を飾る秀作という説と、王朝文学の終焉の象徴という説に分かれていたようである。

河合氏はこの倒錯した物語に現代にも通じる男と女の深層心理を見る。現代の用語で言えば「性同一性症候群」か。河合氏はユング派であるが、「自分は何者であるのか」という認識が心理学、ひいては河合氏の専門である臨床心理の場でも重要になる。この問題が、平安の昔(あるいはそれ以前)から現代に至るまで続いていることを本書は教えてくれる。あるいは、永遠の課題なのかもしれない。

この小文を書いている時、河合氏が脳梗塞で意識不明との報が入った。いち早い回復をお祈りしたい。
とりかえたい! ★★★★★
 ユング心理学の大家が、「とりかえばや」という一見猥雑に思える古典を、ここまで深い考察を加えて解説すると、すごく奥が深い作品であると思った。
 ユング心理学を少しでも概観したことがある人は、主人公である二人の男女に男性の中の女性性であるアニマと、女性の中の男性性であるアニムスの働きかけが存在していることを感じると思う。人は誰しも自分の無意識の中に、男なら女性的な要素が、女なら男性的な要素が隠れているとC.G.ユングは指摘したが、その異性的要素を越えて、更にその奥では、両性具有的な域に達するという考え方には驚かされる。
 男と女という対になる概念が、心の奥深くでは一つになるという無意識における考察を聞いて、自分たちの心というものは、実際に意識しているのは氷山の一角に過ぎず、そこには広大な内的世界が広がっているのだと思わされた。
 この本を読むことで、自分の心の奥について探ってみるきっかけになることは間違いない。深層心理学に興味のある人には断然おすすめ!!
 
臨床心理学者必読書 ★★★★☆
「とりかへばや」は中世(1100年頃)に書かれた物語で(作者不明)、源氏物語を多分に意識して作られるも倒錯した性描写のためあまり取り上げれてこなかったという。公家の姉弟が逆の性として育てられたために味わう試練を描いている。ユング派心理学者、河合隼雄はユングのとりあげる「アニマ、アニムス」という人間の元型(人類共通の深層心理)の一つがここに描かれているとみる。男性の中の女性性、女性の中の男性性という構図。現代のヨーロッパ人、日本人、中世の日本人も本質は殆ど変わらないということが良くわかる。現代の臨床心理の場でも男と女の問題は常につきまとうが、こう説明されると少しわかるような気がしてくる。