やり過ごす日々のポートレイト
価格: ¥0
“優しさを隠して生きる全ての大人に贈る物語”
<作品紹介>
東京に暮らすごく普通のサラリーマンの僕。
彼は、とある立ち飲み屋で、不思議な雰囲気をもつ男性ジョナさんと知り合いになる。
すこし冷めた僕と、謎の多いジョナさん、そして大好きなお酒。奇妙に交差する、二人の帰るべき場所“ホーム”探しの日々。
これはジョナさんの重い過去と、これからの僕のやり過ごす日々を綴ったポートレイト。
<作品より>
(第一章 13 ここで語られる第三夜)より
「今夜は聞きたい事があるんですよ」
「何だい?」
「〝ホーム〟です」
「ホーム?」とジョナさんは聞き返した。
「人間にとってのホームの事なんです。よく、女は男にとっての港とかって言うじゃないですか。その港みたいな……」
「女って事かい?」
そう言いながらジョナサンは、ウィスキーを一口飲んで、氷の入ったグラスをカラカラとまわした。
「うーん、特に女性に限定するわけじゃないです。たとえばすごい趣味を持ってる人ってそれだけやってれば後はどうでも良いというか」
「拠り所みたいなものかい?」
「そうですね。そういうものと近いと思います」
と、僕もジョッキのビールを飲み干した。
この〝ホーム〟というのは、もう何年もずっと僕の心に引っかかっている言葉で、僕たちは何処から来て何処に帰るのか? という根本的な疑問を、解決してくれる言葉だろうと、いつも考えていた言葉だった。もしかしたら、むしろこの〝ホーム〟の存在自体が、疑問だったのかもしれないという事も含めて。
(第二章 4 朝が来ない)より
“明けない夜はない”という言葉があるが、あれは嘘だ。
あの日以来、俺の時間は間違いなく止まってしまっている。何度眠っても同じ朝に戻ってきてしまう。こんなのは普通じゃない。いつまで経っても俺に次の日なんてものは来なくなってしまった。
里美がいなくなってしまった日からしばらくの間の記憶が、俺になかった。何を何処でどうしたのか、全く思い出せない。俺が思い出せるのは、里美の実家で葬式を挙げたところくらいからで、そのあたりからは薄っすらと記憶を蘇らせる事ができた。
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2013年2月5日 初版
2013年4月14日 第二版