未来撃剣浪漫譚 ADAUCHI
価格: ¥0
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本作はDRMフリーですが、著作権は放棄していませんのでご注意ください。
<内容について>
分量は、400字詰め原稿用紙換算で407枚(約16万3千字)、紙の本で約350ページ程度。
作中、直接的な性描写を含むシーンが少しだけあります。
暴力的なシーンは描写をおさえてあります。
難しい漢字にはルビを振ってあるので、読書慣れしていない方でも読みやすいと思います。
特種な知識がなくても内容をお楽しみいただけます。
中盤、物語が少し停滞しますが、後半からぐっと面白くなってきます(笑)
<あらすじ>
新仇討ち法が施行された近未来、二階堂凛はたった一人の姉を殺され、仇討ちを決意する。
偶然訪れた「討ち屋」は、幻の流派「天心陰流」の使い手・芹沢兄妹が営む芹沢事務所だった。
孤高の武術家・芹沢無二、天真爛漫な妹の茜、芹沢事務所に入り浸る美貌の甲賀忍者・望月薫らに助けられ、凛は仇との戦いに挑む。
前代未聞の近未来ちゃんばらエンタテイメント! 著者KDP第二弾。
こんな方にお薦め!
・ジャンプ黄金期の漫画が大好き。
・侍や忍者に無条件で萌える、でも古くさい世界観はイヤ!
・SFや近未来設定は好きだけど専門知識が必要なのは無理かも・・・。
・いろんなキャラクターが登場する小説が好き。
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プロローグ
繁華街の中央を突っ切る大通りの軒下で、少女は雨宿りをしながら、喧噪を眺めていた。
この通りは比較的小ぎれいな店が多い。
色とりどりの上品なネオンに雨粒が煌めいて、一種幻想的な夜の風景を画き出している。
有名店の前には芸能人のホログラムが投射され、何バージョンかのPRを延々とランダムに繰り返している。
(次、あのぶりっ子バージョン、あ、違った!)
退屈しのぎにホログラムを眺める少女に、酔っ払いたちは、値踏みでもするかのような不躾な視線を送る。
しかし彼らは、少女の隣に立つ男にちらりと目をやると、諦めたような顔ですごすごと去って行く。
男はがっしりとした体躯に精悍な顔立ち、左手には、袋に包まれた細長い棒状のものを携えている。
少女はつと男を見上げて、
「お兄ちゃん、薫、遅いね。」
と、――
二人の元へ、小走りで駈け寄ってくる者がいる。ふわりとした髪、華奢な体つき。
雨粒はスポットライトのようにきらきらと輝いて、彼の端正なマスクを引き立てる。
すれ違う女性たちは、必ず彼を目で追い、黄色い声援をあげる者もいる。美少年は男に近寄ると、
「無二サン、吉田はさっき、裏路地の店に入りました。」
その言葉を聞いた瞬間、男――芹沢無二の目つきが変わった。
「よし、いこう。茜――」
と妹を見る。茜は満面の笑みで「うん!」とうなずいた。
裏路地には、大陸難民の経営する薄汚い店が軒をつらねる。
しかし、不思議とこちらの方が日本人の馴染みが多い。
薫は二人を目標の店が見える位置まで誘導した。
「まず俺が客のふりをして入ります。無二サンたちは五分したら入ってきてください、それまでに客と店員を外に出しておきます。」
「薫、気をつけてね。」
茜が心配そうな目つきで言った。薫は、雨に似合わない清涼感溢れる笑顔で、
「バーカ。」
と茜に言って、颯爽と店に向かった。
「なによ、心配してやってんのに。」と茜は頬をふくらませた。
雨脚が少し強くなってきた。
二人はまた軒下に避難して、きっちり五分待ったが、正面からは誰も出てこない。
「お兄ちゃん、どうしよう……」
茜はまた不安そうな顔で無二を見上げた。
すると無二は、無言で細長い袋の紐をほどきはじめた。中から日本刀を取り出し、袋を茜に渡す。
「裏口があるのかもしれない。逃すとやっかいだ、行くぞ。」
茜は急に瞳をキラキラと輝かせ、兄を見上げると、
「口上、あたしが言っていい?」
無二は苦笑いしながら了承した。
茜は店の前まで来ると、満面の笑みを浮かべて、薄汚れたドアを勢いよく開けた。
「吉田五郎さんっ! 芹沢事務所が仇討ち代行に参りましたぁ!」
よく通る甲高い声が狭い店内に響く。カウンターには料理が手つかずで残っていて、客も店員も見当たらない。
(薫がちゃんと裏口から逃がしてくれたのね――)
茜は仕事が順調に進んでいることに満足を覚えた。
と、奥からナイフを手にした男がのっそりと現れた。中背だが、せり出した胸と腕の太さが際立っている。
茜は下がって、後は無二に任せることにした。ここからは、野次馬整理が忙しい。
無二は店の入り口から吉田を確認した。
(いかにも軍人って面だな――)
手にしているのは厚手のコンバット・ナイフ。
資料によると元自衛軍所属、半島ではゲリラ戦も経験したらしい。
吉田は無二を見て渋面を作ると、
「ふん、討ち屋か、いずれ来ると思ってたぜ。」
と吐き捨てた。酒で顔がほんのりと赤らんでいる。
「上等だぁ、外で相手してやるよ。お前らみたいな道場でのチャンバラごっこじゃねえ、こっちは実戦をくぐり抜けてきたんだ。」
吉田は自ら、圧倒的不利な条件を選んだ。
狭い店の中では、日本刀よりもナイフの方が扱いやすいのは明白だが、酒で気が大きくなっているのか、それとも元軍人の矜恃か。
無二は吉田から目を離さずに、後ずさりしながら店を出た。
背中に感じる雨がさっきよりもやや強い。
グリップの強いスニーカーを履いているので、滑ることはないだろう。
凛は無二が出てきたのを見ると、すぐに状況を察した。
両手を口の脇に当ててメガホンのようにし、既に集まりはじめた野次馬に向かって、「はい! 皆さん、今から仇討ち代行を行いまーす! 危ないですから下がってください。ゴーグルでの録画はできればご遠慮くださーい!」
言っても無駄なことは分かっている。数時間後には、この仇討ち動画がネットを駆け巡るだろう。
吉田も店から出てきた。
腰を落として左半身に構え、右手にナイフ、左手は指先をピンと伸ばし、顔の少し前に留めている。
無二は相手のファイティング・スタイルをざっとイメージした。
(構えが空手に近い、突き蹴りと組み合わせたナイフ・コンバットか……ナイフの形状からも、投げはしないだろう。)
しかし、無二はまだ抜刀しない。
抜き身の刀は意外ともろく、鎬(側面)を叩かれると簡単に折れてしまう。
そのことを相手が知っている可能性がある。
吉田の向こうにいる野次馬の中に、薫の姿が見えた。店員を無事連れ出したようだ。
と、――
いきなり吉田が突進してきた! 無二は一瞬虚を突かれ、反応が遅れた。
吉田はいつの間にかナイフを左手に持ち替え、無二の右半身を突いてきた。
無二は右足を後ろに下げて突きをかわす。
(こいつ……)
こうすれば抜刀し辛くなることを知っている。
(鞘ごと叩くか。)
タイミングを見計らえば、左手に持った刀で相手の側頭部にカウンターの打撃を入れることはできる。
が吉田はそれも見越しているのか、空いた右掌を右頬にぴたっと付け、肘で脇腹をガードしている。
吉田は、のっけから防戦一方となった相手を、心中侮蔑した。
(実戦は攻撃あるのみだ! 道場で屁理屈をこね回す辛気臭い剣術屋には、一生分からんだろうな!)
無二は執拗な突きをかわしながら、冷静に吉田のナイフ捌きのクセを読んでいた。
ナイフを戻す際、時折引きすぎることがある。その瞬間に吉田の左半身に隙ができる。
鋭い突きが来る、無二の脇腹を少しだけかすった。吉田はにやりとし、また突きを繰り出す。
その際、脇が少しだけ空いたのを無二は見逃さなかった。
(ここだ!)
吉田が突き、ナイフを引く瞬間に合わせて、無二は右前蹴りを放つ。
ずっしりとした肉の感触を靴底に感じる。
吉田は膝を折り、うずくまった。無二はすかさず飛び退いて、抜刀し、鞘を捨てた。
野次馬からどよめきが起こる。
吉田は腹を押さえながら、なんとか立ち上がった。瞳は、怒りに狂って焦点が合っていない。
ナイフを右手に握りしめると、奇声を発しながら突進してきた。
無二は素早く下段に構えた。
吉田は無二の左側頭部目がけてナイフを振り下ろす。
が、一瞬早く無二は腰を沈め、刀を頭上に立てた。
両掌にずっしりとした衝撃が伝わってき、首筋に生暖かいものがかかった。
立ち上がり、振り向きながら正眼に構えを直す。
吉田は血だまりの中、右腕の上腕部をおさえて苦悶の叫びをあげている。
無二はなおも慎重に近づくと、素早く刀を振りかぶって、吉田の首筋に振り下ろした。
歓声と拍手に混じり、罵声も聞こえる。仇討ち反対派の者だろう。
しかし、無二を恐れて誰も近寄ってはこない。
血溜りを雨が薄める。
野次馬たちは事の終わりを確認すると、何事もなかったかのように夜の街に散っていった。
「お兄ちゃんオツカレ! けっこう手強かったね、この人。」
茜が傘を差しだしながら、ゲームの対戦相手でも見るかのように、動かなくなった吉田に目をやった。無二は思い出したように刀を投げ捨て、茜の差しだした傘を手にし、これからの面倒な事後手続きを想像して溜息をついた。
遠くから、サイレンの音が幽かに聞こえた。
*本文では、人物の名前や難読漢字にルビを振ってあります