マンガ界のフォレストガンプ
★★★★☆
いしかわじゅんは漫画に詳しいだけでなく、マンガ界の事情に詳しい。作品が世間から孤立して生まれるわけではないのだから、それが描かれた時代背景や業界事情を勘案しなくては的確な評論はできない。いしかわじゅんは、まさにソコをついた解説をしてくれる。
惜しむらくは、マンガそのものについての評論が文字によるものでしかなく、絵を使った技法の解説がなかったことだ。
「ぜひ、うちで吉川英治の宮本武蔵をやってほしい」
★★★★★
NHK『BSマンガ夜話』のレギュラーとしてもおなじみの漫画家・いしかわじゅん氏の漫画評論集である。本書の特徴としては一般的に漫画評論で取り上げられる機会の少ないブルーカラー志向の作品(特に『漫画ゴラク』)である『ミナミの帝王』(作:天王寺大、画:郷力也)や『修羅がゆく』(作:川辺優、画:山口正人)などを取り上げている事も興味深い。
当時、著者が吾妻ひでお氏(『失踪日記』著者)との間で共に自分の作品中に相手を登場させて貶め辱め、(冗談ながら)大抗争を繰り広げていた時に“漫画の神様”手塚治虫氏から「今描いている漫画(『七色いんこ』)に、いしかわ氏が登場人物として出てきてくるんだけど、(中略)、それに最後にいしかわ氏と吾妻氏のキスシーンがあるんだよ、いいかなあ」と自ら電話で著者に許諾を求める巨匠・手塚治虫氏の挿話が面白かった。
また、かつて劇画誌や麻雀コミックで活躍され、大ヒット作や消えることなく飄々と40年以上に渡って漫画界を生き抜いた山松ゆうきち氏(代表作『2年D組上杉治』)が自分の漫画がさっぱり売れないことからこれだけ日本漫画が世界で受けているんだから、まだ日本漫画が上陸していない国で日本の漫画を出版すれば儲かると踏んで単身インドに渡った挿話は爆笑物でした。
最後に少年ジャンプ誌上にて『SLAM DUNK』で超大ヒットを飛ばした井上雄彦氏に各誌の編集者が井上氏のもとを訪ねた際、どこの編集者も、なんでも好きなものを描いてくれて構わないと連載依頼するなかでひとりモーニングの編集者だけが、
「ぜひ、うちで吉川英治の宮本武蔵をやってほしい」
と具体的な企画を依頼し、結果として御存じのように大ヒット作『バガボンド』を世に送り出した誕生秘話は大変よかった。
12年分の「漫画ノート」
★★★★☆
いしかわじゅん氏の漫画評の読みどころは、
漫画家との交友や、業界裏事情といった
少しゴシップ的な側面が挙げられます。
現在でも、メディアへの露出が比較的少ない漫画家たち。
そうした人たちの実態を、同じ実作者であるいしかわ氏の
目を通じて知ることのできる貴重な機会だといえましょう。
(誰それは、アシスタントに絵を描かせているとかも……w)
また、いしかわ氏は漫画評を書く上で、
作品を通して、常に作者の姿を透視しようとします。
それは、作品そのものよりも、それを描く
作者の在り方に興味の中心があるからでしょう。
こうした手法は、文学の分野においては作家論と呼ばれ、
「時代遅れ」とされる方法論ですが、ネーム(文字情報)
よりも、絵という作者の個性を反映させやすい媒体が
上位にある漫画においては、いまだ有効であり、現在のところ、
いしかわ氏にしか書けないものだといえます。
▼付記
やはり、初出情報は記載してほしかったですね。
その方が、資料的価値も上がったでしょうし。
感動です!!
★★★★★
あと書きにも書かれていることですが
この本はただの漫画評論集ではありません
著者であるいしかわ先生が漫画の周辺や漫画の作品について語り
漫画家である先生のエッセイであり交友記であり自伝でもある作品です
だからそこかしこにあるただの漫画評論とは格が違う、
漫画好きににはこたえられないエッセンスがたっぷりつまっていて
読めば読むほど先生の漫画愛が伝わってきて
「ああ漫画が好きで生きてきた俺はやはり間違ってはいなかったのだあ!」
と岸壁に立ち太陽に向かって叫びたくなるような一冊
さらにいしかわ先生はこの中で自分の衝撃的事実を告白!
中身を知りたい方は
もう何も言わず買って読むしかないでしょう!
僕はこれから「漫画の時間」からもう1周します
12年分の厚み
★★★★★
傑作評論集「漫画の時間」以来、12年ぶりのマンガ評論集。項目数は約190、440ページという大部の本です。
「才能/表現のあるものが好き」「本当のことを言わずにいられない」という2つが、マンガ評論やエッセイを書いているときの、いしかわじゅんさんの一貫した姿勢です。同業者への遠慮だのなんだの、ふつうなら見合わせるんじゃないかと思うようなことも、すっぱりと書いてしまうあたりが読者の信頼を勝ち得る理由の一つではないかと思います。
2段組で440ページの内容は圧倒的で、(特にマイナーな)マンガを取り上げてその面白さを語るときの安定した語りくちは、平易でありながら鋭く、いしかわさんが、今の時点で一番面白く、信頼できるマンガ評論の書き手であることは間違いありません。ほとんどのマンガ評論が、マンガそのものよりつまらない中、いしかわさんの評論が面白いのは、文章表現の芸や実作者視点からの解説もさておき、ご本人が誰よりも該博な知識を持つマンガ読み、マンガマニアであることから来るのだろうと思われます。マンガに対する深い愛情が、この厚い本を支えています。
項目数が多い中、ギャグマンガに関する長めの分析「<笑い>を手に入れるために」(P.90-)は、かなり力の入ったもので、ギャグマンガ好きなら、これだけでもこの本を読む価値があります。また、巻末に置かれた吾妻ひでおインタビューは、ギャグ漫画家いしかわじゅんと吾妻ひでおの立ち位置と80年代の「抗争」、2人のその後を知っている人にとって納得の「締め」と思います。
残念なのは、それぞれの項目に初出がないこと。リライトされているとは言え、やはり初出がないと、文脈がわからない部分もありますし、12年間に状況も大きく変っています。また人名索引だけでなく、作品名索引も付けてほしかったところです。いしかわさんはご自分のウェブサイトをお持ちなので、そこで初出を公開していただけたら、資料としての価値がより高まると思います。