四方田もよくやるよ、本当に
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売文渡世30年、著作100冊上梓記念作品である。ここに凝縮されたジャンルの広さだけでも四方田氏の力量には並々ならぬものがあると思う。
100冊の著作すべてからの抜き書きと2009年段階での自註とからなっている。題して「 The Greatest Hits of Yomota Inuhiko 」である。音楽CDの世界では珍しくもないが、書物の世界ではなかなかお目にかかれないベスト版である。
読みどころは、3つある。
1.著者解題
すべての文章にコメントがついている。その本の成立に関わるものだったり、選択の理由の説明、扱われているテーマをさらに敷衍したものなど。内容は本によって違うが、かつて感銘を受けた本について、著者自らのコメントが聞けるのは嬉しい。
2.回顧の楽しみ
本書前書きにこうある。「読みかえすこと、忘却の後に読み直すこと。愛情のかげもなしに、自分との血縁をみとめずに自分を読みなおすこと。」ポール・ヴァレリーの言葉だそうですが、著者としてでなく、読者としてでもこの言葉は味わうことができると知りました。熱心なファンに許された楽しみです。
3.えーっと、言いにくいのですが…。
すごく熱心な編集者によって成立したと思しき本作なのですが、所々ものすごい誤植があります。二例あげます。
190頁。11行目「ここにはすでに鯨の姿はない。」 ないはずです。ここで論じられているのは鯰ですから。
422頁。「彼はお茶の水博士よりもはるかに魅力的で謎めいた存在です。ちょうど『ゴリラ』でオキシジェン・デストロイヤーを発明して破滅してしまう隻眼の天才科学者のように。」 もちろん『ゴジラ』です。
誤植の話は蛇足です。コアなファン向けの著作ですが、ある程度以上四方田氏の作品に親しんできた読者にはとても面白い読書を楽しめます。それにしても、こんなマニア向けの本ばかり出して、大丈夫ですか、四方田先生。私はできるだけついていきますが…。
四方田犬彦が現代最高の知性を証明する一冊
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映画評論家、大学教授、エッセイスト、詩人、漫画研究家、翻訳家、旅人……など、数多くの職業を持つ男、四方田犬彦の100冊上梓を記念して刊行された本。全著作の中から本人がエッセンスとなる箇所を抜き出し、それぞれに解説を加えている。
すでに絶版となって入手が困難な本も多いので、駆け足だが四方田犬彦の全著作を読んだ気になれるのが本書の存在意義だと思う。
『貴種と転生』『オデュッセウスの帰還』など、あまりにも専門的な学術系の本は難解でついていくのが大変だが、『月島物語』『モロッコ流謫』『ラブレーの子供たち』あたりを読めば、四方田犬彦がエッセイストとしても超一流の書き手であることが証明されている。
『映画史への招待』『日本映画史100年』あたりを読むと、他の映画評論家が、ただの感想文だったり、映画史をなぞったつもりでも上っ面なだけだとか、あるいは昔の文献からただ繋ぎ合わせていることが露呈してしまう。やはり四方田氏のように映画のために海外へ出向き、その国の歴史と言語を理解し、そして自らの血肉にした言葉で語らなければいけないと感じさせる。(時にはその映画作品よりも、四方田氏の解説のほうが面白かったりすることも多々あるのだが)。
この人の著作に慣れてしまうと、昨今流行りの「大学で授業を持つことがステータス」な文化人志向ライターの著作は、単なる印象文にすぎないことがわかる。
在日や部落など、虐げられた人々に対して肩入れする姿勢は大いに見習われるべき。一家に一冊。