空海、その謎と真のさび分け
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著者には「空海」という小説がある。想像力の産物である。本書は史実と推理を明確に区別して、謎の人物の全貌が実体としてとらえられるように展開している。
空海は謎の人物である。偉大な人物がどのようにして出現したのか、そのこと自体が謎であるが、さまざまな謎がある。
第一の謎は、長く中断されていた遣唐船が派遣され、空海は留学僧として乗船したことである。派遣されるのは、最初はとびきりの優等生最澄が行く予定であった。非合法の私度僧であった空海が行けたのがなぜか。短期間の研修、受戒で特別扱いされたのは謎である。十八歳で大学に入り、中退して三十歳を過ぎて遣唐使船に乗りこむまでの十年間、どこで何をしていたのか、という謎でもある。
もっと大きな謎もある。唐の都長安で秘宝密教が日本という後進国に伝授されたことは、ありえないことであり、奇蹟としか言いようがない。更に驚くべきことがある。最澄には還学僧という資格が与えられた。空海は留学僧であるから二十年は滞在しなければならないところ二年で帰国しているのも謎である。留守中に桓武天皇と伊予親王が亡くなっていた。
肝心の空海の功績…ただ恵果の密教を持ち帰っただけではない。膨大な仏教ほか思想書、空海独自の世界観がまた謎なのである。
これらの謎は多くの学者・宗教者によって解明を進めてきたが、いまだ謎である。推理したものは自分の書いた小説「空海」に描いていると宣伝している。
本書は小説ではなく、解説書で史実と推理をさび分けて述べている。「誰もがわかる空海入門」はサブタイトルとして、遠慮深くしているのだと思う。「謎(に満ちた)の空海」にはひそかなる空海通の誇りを匂わせている。