初期キリスト教史の入門書
★★★★☆
新約聖書学者である加藤隆が、NHKのラジオ講座用に書き下ろした公式テキスト。「新約聖書」とその時代というのは、おおむね1世紀前半から4〜5世紀まで。そこにはイエスの生涯と宣教時代、初代教会の発達、「新約聖書」各文書の成立、そして「新約聖書」が権威を持った文書集として定着するまでが含まれる。つまりこれは、イエスに端を発する初期キリスト教史の解説になっている。
著者は既にこの分野で多くの一般向け解説書を出しているのだが、ラジオ用テキストという制約があったためか、この本ではこれまで著者が他の書籍で論じてきた内容の「結論」だけがコンパクトにまとまっている。イエスの宣教の本質。イエスの教えがどのように初代教会に引き継がれたのか。使徒行伝から読み取れる初代教会の運営の変化。ユダヤ人信徒とヘレニストの対立と教会の最初の分裂。異邦人教会に対するパウロの宣教とユダヤ教との決別。ヘレニストによるマルコ福音書の執筆。福音書間の対立。さまざまな要素が語られているが、なにしろ「結論」しか述べられていないので、「なんでそうなるの?」と思う読者も多いと思う。それについては、著者の他の本を読むべきだろう。
この本は初代教会の歴史と新約聖書の成立について、一般向けに書かれたコンパクトな解説書としてはよくまとまっている。ただし素朴に聖書を読み信仰している信徒にとっては、躓きになりかねない記述も多いので注意が必要。エルサレム教会の幹部たちが、エルサレムで起きた大規模なヘレニストの弾圧を黙認していたことを示唆する。例えば使徒行伝5章に登場するアナニアとサフィラのエピソードを紹介しながら、このふたりがペトロらによって殺された可能性を示唆する。パウロがアンティオキア教会で起きた事件がもとで、教会を追放されてしまったと言い切ってしまう。使徒行伝の著者(ルカ)が、教会の権威を傷つけないように用心深くオブラートに包んで表現していた事柄を、虚飾をはぎ取って白日のもとにさらしてしまうのだ。
僕自身はこうした著者の思いきりの良さを高く評価するのだが、「それは言い過ぎじゃないのか?」「必ずしもそうは言い切れないのではないか?」「この解釈はずいぶん強引ではないか」と思われるような点がなくもない。しかしこの本が、聖書という何やら抹香臭い古文書の中から、その時代に生きていた人たちの生々しい葛藤をあぶり出している点を買いたい。