内庭で語られること
★★★★☆
すでに『十字軍物語』第一巻が出版されたから、ああ、ローマの方はちょっと前に流行ってたね、くらいの扱いになるのかも知れない。アマゾンの中古商品の値段もそんな動向を反映している。
だが、古代ローマについて語るときの塩野七生は、やはり生き生きして楽しそうだとも思う。
戦前の日本の知識人が漢籍こと中国の故事・古典を折にふれて引用していたように、欧米ではギリシャ・ローマの古典が教養の基本だった。
つまり、教養、というのは、自分が巨人の肩に乗った小人であることを自覚することであって、その巨人とは古典というオリジナルなのだ。
日本にあまり知られていなかった“イタリア”や“ローマ”をウリに、ミーハーウケもよければ、自身ミーハー扱いもされる塩野氏だが、古代ローマへの敬意と熱意、という点では、やはり正統派の矜持を保っていると言えるはずだ。
一方、現代日本になじみやすいように、ズバリと言いすぎのきらいのある語り口は、専門家の気に障ることも多い。だが、ローマ史研究の膨大な蓄積からかいつまんで話してくれる人があるのがありがたい、という「需要」にはかなっている。
確かに、それは、インスタントな古代ローマとの接し方ではある。この本は、その典型例だろう。20の質問で新書一冊分なのだから。しかし、忙しい人にも初心者にも読みやすい。
そして『日本人へ』など、売れ行きのいいエッセイ集の話に較べたら、ずっと地味で控えめな印象がある。
とはいえ、むしろ気負わず、しかし熱意をもって筆がふるわれているのは、やはり彼女が、身近な話題として歴史を語る時ではないかという気がしてならない
イタリアに旅行に持って行くなら、こちらの方を薦めたい。
『ローマ人の物語』には怖気付いてもこの本なら大丈夫だ
★★★★★
ローマ人や日本人の多神教と、ユダヤ、キリスト、イスラムの比較が面白い。
ローマには、日本の八百万(やおよろず)には比較すベムもないが、30万の神がいたという。
デパートで何でも売るのではなく、神も専門店化していたのである。
夫婦喧嘩の守護神、ヴィリプラカ女神。
夫婦喧嘩を始めたローマ人の夫婦は、これは世界共通だろうが、大声で自己の正統性を主張し、
収集がつかなくなる。すると夫婦はヴィリプラカ女神の祠(ほこら)を訪れる。
この祠ではただひとつのルールがある。それは、一時に話していいのは一人というルールである。
夫が、妻がしゃべる間、他方は聞いていなければならない。
すると、自然と相手の言っていることをちゃんと聞くようになる。
自分の言っていることがどれほどくだらないか気づくことになる。
ローマ人が身近に感じられるエセイである。
『ローマ人の物語』には怖気付いてもこの本なら大丈夫だ。
ローマを通して、現代日本が抱える問題解決のヒントを提起した啓発書
★★★★☆
今やローマ史の第一人者とされる著者が、ローマ(人)に対する20の命題を立てて、自問自答する形式で往時のローマ(人)の状況・特性を解説したもの。同時に、現代日本への辛辣な批評兼温かな激励となっている。「人間の歴史の全てを集結したのがローマの歴史」とのゲーテの言葉が本書の有り様を映し出している。
語られるのは、他文明の受容能力、悪との節度ある共存と言う知恵、不定期的に課される税金(=間接税)の方に重税感を覚える習癖、税システムが「富の再配分」に与える影響力の無さ、天才ハンニバルを擁しながら、第一・二次ポエニ戦役で破れたカルタゴが、「経済大国になるしかなかった」歴史的必然、発明の実用化能力、利己(安全保障)的側面を持つ平和の概念、外国(征服相手)からの人材登用及び市民権の門戸開放に依る「普遍帝国」の実現、多神教(ローマ)と一神教との本質的相違に基づく基本法の可変性、最低保障の社会福祉、イベントを利用した世論調査、指導者にとっての時代との適合性の大切さ、自身(ローマ市民)の労働が基盤となった帝国の維持、解放奴隷への市民権付与、女性の経済的自立、自信喪失に依るローマ衰退論など。
現代の日本が抱えるテーマをそつなく盛り込んでいる点に感心した。しかも、「象を引き連れてアルプス越えしてイタリアを強襲した」ハンニバルの逸話など興味ある史実を縦横に語りながら。大日本帝国時代の日本人が多神教の民であるのに「普遍帝国」を築けなかった理由も皮肉が効いている。また、批判一辺倒ではなく、「日本人も古代ローマ人と同じ特質を持っていて中々期待が持てるじゃない」との希望を与えてくれる点にも好感が持てた。一問一答と言う簡素な形式で、古代ローマの概略説明と現代日本が抱える問題解決のヒントを提起した啓発書。
ローマ人世界の簡単な案内書
★★★★☆
著者の「ローマ人の物語」はあまりに大作であるので、ローマ人の世界へのアプローチとして質問形式で書かれた簡単な案内書。著者自身がローマ人をどのように見ているかを大きく知る上でも好著。
著者のローマ時代への思い入れが漲る一冊
★★★★☆
題名は「ローマ人への20の質問」となっていますが、これに回答するのは著者自身という体裁であり、ローマ人の代理に相応しいローマへの愛情でもって質問に回答されています。
批判的・否定的な質問に対しての反論形式であったり、質問6の"古代ローマ人と日本人との共通点"では、偉大なローマ人に劣等感を持つ日本人を慰めるという形にしているところに著者のローマへの愛情の精神性が伺え、興味深いものがあります。
歴史を見つめる視点の一つとして、著者の小説のファンであれば楽しめること請け合いの一冊です。