崩壊する地域医療に立ち向かった実践者の各地の分析と記録
★★★★★
本体の自治体の財政破綻で注目された夕張、地域政治の政争に発展した銚子市立総合病院、救急車が患者の受け入れ先を求めてさまよい続けたと伝えられた奈良県。ここ数年、全国各地から地域医療の崩壊が伝えられる。
著者の伊関友伸氏は、埼玉県職員として通常の人事移動の中で病院関係の職場を経験し、自治体病院の運営や地域医療を考える機会を得て、現在様々な地域医療再生のアドバイザー的な立場に至り、現場を歩き医療者の働く意欲の湧く「物語」のある地域づくり、地域医療のあり方、病院経営に立ち向かう人々の応援団であり理論家でもある。
「第1章 なぜ自治体病院の経営は崩壊するのか-銚子市立総合病院の経営破たん」では、詳細な病院の経営分析と時系列に沿った経過説明の上で、なぜ自治体病院は破綻するのかと問い、1.官僚主義の病理 2.お任せ民主主義 ア.政治リスク イ.「人任せ」の住民と、正面からの原因分析を試みる。
「第4章 夕張希望の杜の地域医療再生-地域医療のこれからのかたち」は、大量報道された「夕張倒産/自治体倒産」の影に隠れ医療と福祉そして地域のあり方、住民が医療・福祉とどの様に向き合い、どの様な自治を行うかという踏み込んだ議論が展開されている。
また、夕張の医療とまちの再生を担う「夕張希望の杜」の村上智彦医師の実践と苦闘が詳細に描かれている。村上智彦医師と伊関氏は、ともすれば不採算部門として真っ先に閉鎖される歯科部門にも光を当てている。見落とされがちな「医科と歯科の連携」の効果として、夕張での肺炎の急減。「夕張希望の杜」に腕の良い歯科技工士が居ることによる、夕張の「高齢者の口腔ケアの質への貢献」が語られる。
やや専門的な内容を含む部分もあるが、各地で起こり得、実際に起こっている「地域医療の崩壊」「病院が消える」事態の中、多くの読者を獲得し「地域医療再生」に着手するための第一歩の指針として活用して欲しい一冊です。
医療資源の絶対的不足の中、地域医療をどう救うか
★★★★★
現代はデフレの時代である。世界的に生産力が有り余っていて、モノ余り、人手余りの時代である。良いものがなんでも安く買えるのはいいけれど、自分の給料もさっぱり上がらないどころか下手をしたら減るという時代だ。
そんな時代に圧倒的な「供給不足」の産業分野がある。ほかならぬ医療である。
医療技術の発達により専門化・高度化が進んだことで、一人の患者に必要となる医師が増えた。昔は糖尿病の持病のある胃癌の患者でも、外科医だけで切っていたのが、今は糖尿病をコントロールする内科医も入って治療を行うようになった。当然、救命率は上がり患者の予後も良くなる。医療技術の発達による素晴らしい恩恵であるが、その恩恵を享受するためには昔よりたくさんの医師が必要となるのだ。
また、世界最速で高齢化している我が国ではどんどん高齢者が増えている。つまり「病気持ち」の国民が増え、医療への需要は爆発的に拡大している。にもかかわらず、医師の数は大して増えていない。(国が「増やさない」政策をとった結果である。明らかな失政であるが、その責任を追及してもなんにもならないので、ここでは措いておく。)
我が国の医療においては、巨大な需要に対して圧倒的に供給が不足しているという、デフレ時代にはたいへん珍しいタイプの「需給ギャップ」が存在する。24時間、いつでもどこでも、好きなものが、好きなときに買えるのは、供給が十分にあるときだけである。需要に対して供給が足りないときは、昔の社会主義国のように生活必需品を買うためであっても消費者は店に並ばなければならない。医療に関しては、医師に人気のない条件不利地を中心に、そのような「医療サービスの絶対的不足」が生じつつある。
もしあなたが都会ではないところにお住まいであれば、いま地域で診療をしてくれている医師を、ぜひ大切にしていただきたい。彼が「立ち去った」とき、代わりを見つけることは、圧倒的な供給不足=医師不足の現状においては、極めて困難だからだ。役所や議員に文句を言っても、できないものは、できない。役所は医療コミュニティの外部者なので、医師招聘のコネがない。医師を呼べるのは医師だけなのである。
この本には、そのような圧倒的に困難な状況の中で、地域医療のために奮戦している医師・関係者の姿がリアルに描かれている。また、自治体病院特有の「お役所的病理現象」についても克明な分析と改善の提言がなされている。自治体の公立病院関係者は、必読である。