親子の葛藤という原点に回帰
★★★★☆
初の『黒い悪魔』はフランス大革命期に活躍したアレクサンドル・デュマ将軍が主人公である。次の『褐色の文豪』ではデュマ将軍の息子で、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ)が主人公である。締めくくりの本書は大デュマの息子で『椿姫』を代表作にするアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)を主人公とする。
本書は形式及び内容面で前二作と比べて大きな特徴がある。形式面では本書は小デュマの過去を振り返る語りで進行する。内容面では前二作には心躍る冒険活劇があったが、本書では小デュマの内省や父親・祖父・文学・フランス社会などへの観察が一人称の語りで続いていく。
著者の作風として『小説フランス革命』シリーズに登場するロベスピエールのような熱血漢のモノローグがあるが(林田力「【書評】『議会の迷走 小説フランス革命4』の感想」JANJAN 2010年1月31日)、本書の語りはタイトルの賢者らしい落ち着いた深みがある。これは三部作としての統一感は壊されるが、デュマ・フィスの人生や作風に合致する。
小デュマの祖父のデュマ将軍も父親の大デュマも波乱万丈の人生であった。デュマ将軍はフランス革命期の大混乱の中を一兵卒から将軍まで上り詰めた軍人である。数多くの戦場を駆け抜けた人生であった。
大デュマも七月革命やガリバルディのイタリア統一運動を支援するなど作家にとどまらない活躍をした。貧しい子ども時代を送り、ベストセラー作家となってからはモンテ=クリスト城などで散財し、後に破産するという浮き沈みの激しい人生であった。自身の人生も小説と同じように冒険に満ちていた。
彼らの物語が冒険活劇になることは当然の成り行きである。それに比べると、小デュマの人生は作家一筋で地味であった。また、小デュマの作風も大デュマの冒険活劇に比べると私小説風である。その点で深い内省に基づく一人称の語りという展開は小デュマらしさが出ている。
前二作と趣の異なる本書であるが、『黒い悪魔』との共通テーマも存在する。小デュマの語りの中で大きな場所を占めたものが父との葛藤であった。これはデュマ将軍の葛藤でもあった。大デュマにとって幼少時に没した父親・デュマ将軍は憧れの偶像であっても、葛藤の対象にはならなかった。それに比べると『象牙色の賢者』は親子の葛藤という原点に回帰する。三部作を締めくくるに相応しい小説になっている。
デュマ三部作、完結
★★★★☆
『黒い悪魔』、『褐色の文豪』に続く、アレクサンドル・デュマ三代の生涯を描くシリーズがこれで完結した。
今回は、『椿姫』を書いたデュマ・フィス。前2作と違って、一人称で本人が自分の人生を語るという体裁。題名どおり、非常に落ち着いた賢者の語り口で自分と『三銃士』の作者である父親の人生を見事に対比して描いている。
その語り口の成果、劇的な展開などは全くないが、むしろその抑制された筆致は奴隷の息子から将軍になった祖父から三代にわたるデュマ家の一族の流れを的確に表現しているように思う。
面白かった。
濃密なる血の物語、壮大なる文化の物語
★★★★★
本書は、フランスを舞台にした歴史小説を手掛けて来た著者による、
アレクサンドル・デュマ・フュスを主人公にした歴史小説です。
『三銃士』で知られるデュマ・ペールの子であり、
自身も作家として『椿姫』などを残したデュマ・フュス。
物語は、彼の私生活上の問題や、創作についての葛藤
さらに、移民の血をひきながらも共和国将軍にまで上り詰めた祖父や
大作家である父についての想いを述べる、モノローグ形式で進行します。
同じく偉大な父を持つユゴーなど、同時代の作家に対する想いや
ナポレオン3世の登場や、ガリバルディによるイタリア統一といった
当時の政治状況に対する冷静な分析もさるながら、
やはり印象的なのは、家族について語る場面です。
面識もなく職業も違う祖父については、過去の英雄を語るような口調である一方
同じ作家である父については、豪放な性格について時に軽蔑を示しつつも、
溢れんばかりの才能や「人間」としての活力には感嘆を隠しません。
しかも、こうした語りの中にデュマ・フュス自身の複雑な内面が滲み出ており
とても重厚で、味わい深かい場面でした。
ある家族の物語であるとともに、文明論や作家論、
さらに近代フランスそのものの物語ともいえる本作。
筆者やデュマのファンに限らず
多くの方にオススメしたい著作です