イスでわかるのは持ち主の個性だけではない。そのデザイナー自身の社会的、政治的、それに人間工学的な概念までもわかる、と著者フィエルは主張。その好例として挙げたのが、ジョージ・ネルソン考案の「モジュラ式座位保持システム」。イスの大量生産を可能にしたこの様式は、シンプルで幾何学的なデザインと、曲線を極力排除した無駄のないフォルムが特徴、しかも使いやすくて経済的なのだ。本書では、こういったイスのデザインの変遷に焦点を絞り、アール・デコ以前からモダニズムの台頭、さらにリサイクル素材や注入式塑像法を駆使したフィリップ・スタルクらが注目された1990年代半ばまでを一気に振り返る。
1000点を超える写真はオールカラー、すべてにデザイン上のポイントとデザイナー名が付記されていてわかりやすい。また、チャールズ・レニー・マッキントッシュやアドルフ・ルース、マルセル・ブロイヤーら有名デザイナーの100編を超えるミニ自伝も楽しい。皮肉にも、本書の唯一の欠点はこの重さ、扱いにくさである。大判なうえに800ページというのは、あまり人間工学に基づいたデザインとはいえない。しかしその点だけ目をつぶれば、こんなに素晴らしい本はない。おしゃれで快適なイスを求めている人必読の1冊である。