満洲とは、と再考するに必要な一冊。
★★★★★
本書は「満洲事変」の調査のために、国際連盟から派遣されたドイツのハインリッヒ・シュネー博士の見聞録となっている。この中で、植民地満洲における日本側の軍事行動を批判するのは簡単なのだが、調査するイギリス、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、いずれも植民地を支配する宗主国であるということを前提に読むとおもしろい。なかでも、アメリカ、ドイツは国際連盟の非加盟国であり、ソ連も加盟国ではない。 なんとも珍妙な調査団だが、ハインリッヒ・シュネーはドイツの旧植民地青島の政策が極めて優れているといって称賛している。満洲での日本の植民地経営のまずさを批判し、朝鮮のドイツに対しての市場開放がなっていないとまでクレームをつけている。
この見聞録のなかで驚くのは、シベリアや満洲にドイツ系ロシア人が大量に存在していたことである。シベリアといえば、白系ロシア人が送り込まれた地域とばかり思っていたが、キリスト教を信仰するドイツ系ロシア人が送り込まれた場所であったことに認識を新たにせざるを得なかった。信仰を捨てなかったドイツ系ロシア人がシベリア送りになっていたのだが、満洲を経由して北アメリカ、南アメリカに亡命していたという。
かつて、ユダヤ人を満洲に移住させる計画があったというが、宗教弾圧、民族弾圧によって行き場所を失った人々の生活の場が満洲であり、日本で生活できなくなった左翼系の人々や農民が大量に流れ込んだのが満洲だった。
満洲事変は日本の大陸侵略の一歩とも評されるが、それだけではない国際問題が横たわっていたことが明確にされている。
満洲問題を再考するには必読の書と考える。
おおくをまなべる,生の中立的な立場の記述
★★★★☆
この本は「満州国」について,また満州における日本人の功罪について,公平に記述しようとしている.また満州だけでなく,当時の日本や中国,ソ連などの状況についても書かれている.
満州の状態に関しては,治安がわるく,調査団もおもうように調査ができないことが書かれている.匪賊によってしばしば鉄道が爆破されること,朝鮮人による日本の著名人などの暗殺が横行していること,とくにリットン調査団員の暗殺計画があったことや団員をまもるために多数の警官が動員されたことについても書かれている.
日本人やその行為に関しては,つぎのようなことが書かれている.日本人がチチハルの住民に対して新しい支配者としてふりまっていたこと.「満州にいる中国人は [中略] 「満州国」に対し,ほとんど例外なく敵対感情を抱いていた」こと.また「いまから百年前ならば,おそらく中国を征服して,ここに大帝国を建設することができたかもしれない」が,当時は「日本が独占的に中国を支配しようと試みても,単に中国民衆の抵抗に遭うばかりか,中国に利権をもつ各国から反対されるであろう」と書かれている.
日本人の大陸における農林業への貢献についても書かれている.たとえば,「朝鮮人は植林もせずにやみくもに森の木を伐った.[中略] 日本人は,日本の政権が禿山に植林した業績を誇っている」.
政治的にも経済的にも混乱する日本の様子もえがかれている.たとえば政治に関しては狂信的な国家主義者によって浜口首相,井上元蔵相,犬養首相らがつぎつぎに暗殺されたこと,国民世論もこうした穏健な政治家の退陣をせまっていることが書かれている.また,農業に関しては日本人が朝鮮の稲作を発展させたこととあわせて,はげしい朝鮮米と内地米の競争や世界恐慌などから農業危機がもたらされたことが書かれている.
ソ連の行為に関しても,シベリアの住民が悲惨な目にあい,数千人の餓死者がでていること,満州に逃げのびたひとびとを中国の将軍がソ連にひきわたし,ボルシェビキに射殺されたことなどが書かれている.
最近,日本では東京裁判以降にひろめられた歴史観とともに,それを否定し大東亜戦争に価値をみいだそうとする 2 つの派があらそっているが,両極端にはしっているようにみえる.この本のように,生の中立的な立場の記述からまなべることはすくなくないとおもう.
基本的に良書である。 しかし、翻訳者の偏向が、画竜点睛を欠く。
★★★★☆
英米仏独伊の代表により構成されたリットン調査団の、ドイツ代表、H.シュネー(当時61歳)が1932年に書いた調査旅行記と、報告書の若干の裏事情。
今の日本人にとってリットン調査団とは、日本が国際連盟を脱退し英米と戦う切っ掛けとなったエピソードしか認識がない。 確かに結論だけから言えばそうなのであるが、しかし丸1日かかって本書を読み終えたいま、リットン調査団の活動は、そんな簡単・単純なものではなかったことが分かる。 調査団にとっても、船と飛行機を乗り継ぎ道なき道を越え、シベリア鉄道で世界一周をし、中国大陸では疫病に脅え跳梁跋扈する匪賊(現代では「武装勢力」などとも言う)の襲撃を間一髪で躱しながらの、命懸けの大事業だったのだ。
順不同で本書の感想(私の感想であり、著者・翻訳者のではない)を列記する。
・調査報告書は満洲国独立を否認する一方、意外にも日本の権益を相応に認めた折衷的なものであった。
・中学校の教科書では「あの」有名な1枚の写真と共に、1ページしか割かれていないリットン調査団、ひいては満洲国の知識を生きたものにしてくれる。
・満洲建国前後の中国大陸の無政府状態・暴力の混沌は、3/4世紀の時と場所を超え、今のイラク情勢とパラレルである。 当時の日本=今のアメリカ 当時の五族=今のアラブ人、クルド人etc. と読み替えてそう見当違いはない。そして、いまよりバラけた多国籍軍!
・正当な権利(条約)の下で中国大陸に展開していた諸国の陸海軍。少なくとも当時の国際法では「侵略」とは全くいえない。
・欧米列強とロシアの、相も変わらぬ陣取り合戦。
・共産主義進出に対する、著者の警戒感。
・リットン調査団の調査対象は国民党政府と日本政府であり、中国共産党では全くなかった。
・良くも悪くも、政体に関係なく1000年来変わらない漢人の民族性。
・同じく欧米と周辺民族にとって、関わるほど泥沼に引きずり込まれる中国大陸。
・ドイツの政治家シュネーは、インタビュアーとしても卓越した能力が伺える。特に日本と中国の歴史上の著名人の人間性が良く描写されている。但し、シュネーの中国人贔屓は明らかで、噴飯物の記述もある。蒋介石と張学良賛美は、かなり割り引いて読まなくてはならない。
・第一次世界大戦でドイツが失った中国大陸の権益に対するノスタルジーは微笑ましい。
・当時の日本と中国には、ドイツ語・英語の達者なインテリが多かった。
・ノンフィクション紀行文学としても、タイムマシンに乗った気分にさせてくれる本。
残念な点を一つ書く。 原著の価値を大きく貶めてしまったのは、(他のレビュアーのかたが一人、指摘されていたが)訳者の左傾バイアスである。 最も私の癇に障ったのは、訳者が満洲国を全部「」にいれたことで、これは現在の中国政府が使う『偽満州国』とほぼ同義である。 せっかく良い翻訳なのに、イデオロギーの偏向は非常にもったいない。 私のドイツ語が原著を読めるレベルになったら、読み比べるつもりだ。
類書では、黄 文雄 (著) 「満州国は日本の植民地ではなかった (ワックBUNKO)」がお薦め。
中国を見る目
★★★★★
調査団は日本と中国を旅行し、様々な人間に会って調査を行っている。その結果、受けた印象は次の一文に集約されている。
「満州にいる中国人は、判明した限りでは、決して中国独自の政府の再建とはみなされない満州国に対し、ほとんど例外なく敵対感情を抱いていた」。
満州国は明らかに日本の傀儡政権だと言っているのだ。この本を読んで調査団の報告書に疑問を持ったという人は、どういう読み方をしたのだろうか。
それと印象的なのは、当時の中国が混乱状態にあったにもかかわらず、その潜在力を見抜いて評価していることだ。
この点は、コリン・ロス著「日中戦争見聞記」と同様である。同じ中国を、当時の日本はどうしてあそこまで侮ったのか不思議だ。
先入観を持たずに生の中国と付き合うことは、今に至るも日本人の大きな課題だろう。
全体に、著者の高い教養が滲み出ている興味深い記録。一読の価値がある。
満州とはなんだったのか
★★★★★
シュネーはリットン調査団のドイツ代表である。極めて客観的に観察をしようとしている。
かなり日本を入念に観察し、中国での便衣兵(ゲリラ)についても言及している。
これを読むと、どうしてリットン調査団の報告書が出来上がってきたのか疑問に思えてくる。