対談本ですが、論点が拡散
★★★☆☆
養老さん岸さんの対談を収録している。岸さんという先生が環境保全に対する多大な実践的貢献をされたことを無知な私は知らなかった事をまずは恥でおかねばならない。
岸さんの様な方がいて行政も動かざるを得なくなるのも納得できる。
また本書で述べられる流域思考も理解は出来るし、多くの方が知るべき常識だと思う。ただ、流域志向とか流域学などということは本来は当たり前の事であり、里に住む人々にとっては至極当然であり、何も今さらということでもあろう。森、里、川、海という一つの文化圏、それを違う区分けにしたのはまさに近代国家であったのではと、逆に突っ込みたくなります。岸さんは、その点をうまく突き「環境は権力者しか守れない」という考えのもとに縦割りの官僚制を旨く利用操作して活動を成功に導いたと話されている。
養老さんが速水林業の話を出して、規模が大きいから堅実な林業ができているという風に書かれていますが、ちょっと認識が低いと思います。
鼎談に元国交省河川局長の竹村さんという方が出てきて、日本の山地を中国企業が買い上げて山中の木をすべて切ってしまい、中国にどんどん輸入しています。そして地下水を狙っていると話しています。しかし速水さんがとあるシンポジウム(2010年6月)でその様な事実はまったく聞いていないと話しておりました。
エピローグは養老さんと川との係わりです。鎌倉市内を流れる滑川(なめりがわ)での水源地探しや魚とりの話である。そこに昆虫マニアの養老さんを育てた自然資本がしっかりあったのである。その後昭和40年代に鎌倉の川は死ぬのである。化学製品としての洗剤等のために。そしていつものように書かれている。いまのグローバリズムという世界は、安い石油に依存していて、一人当たり日本の4倍のエネルギー消費をするアメリカが、その安い価格で固定されている石油に依存している事を。そしてそろそろ1本の流域でなく複数の流域という思考が必要なのではと指摘する。
流域から環境保全を考える
★★★★☆
学者としての専門に根ざした視点、更には実際の現場で得た豊富な経験と教訓に基づく理論と実践の両軸から提唱される「流域思考」には、環境問題を本質から理解する上での多くのエキスが含まれている。決してきれい事だけでは済まされない「環境保全」の在り方と実践に向けたアプローチを具体事例と哲学ともに根底から理解したい人におすすめの一冊。
大切なことをしっかり伝える本
★★★★★
真性の自然環境論です。
生まれてから自然の中で育ったナチュラリストによる、三浦半島の一角にある小網代(こあじろ)という希少流域をめぐる対談です。環境論には観念的な本も多いので、地に足がついた、本書のような本は貴重です。語られている内容が歳月をかけたものなので、大変味わい深い。
協力し合って、小網代のアカテガニの産卵が、7月〜8月、日没から25分±30分であることをつきとめ、訪問者たちに「ちょっと待ってください、しばらく水辺の陸地をカニの時間帯としてあげましょう」「あと7分すれば産卵にやってきますから」と。産卵の光景を見た人々は感動して、小網代の自然を保全する支持者になり、やがて行政の長も動かされ、長洲クジラさんは「守る手立てはまだ何もないが、とにかく守ろうと」と宣言されたという。責任ある立場の人の腹を括った決断の意味は大きい。
岸さんが引用された、ウイリアム・ドゥルーリーの「保全は、その地域のことをいちばん良く知っているナチュラリストのいうとおりやれ」は印象的です。
養老さんの「自然とは解である」は、養老定理と呼ぶべきもので、ノーベル賞をとられた先生方が、子供の頃に自然の中で育てられていることは偶然ではないようです。「子供たちが自然を見ながら育つということは、その解を見ながら育つということです。知らず知らずに、自然の中の複雑な問題に関する答えを絶えず見ながら育つということですね」と。教育に携わっている方々にとっても有益な示唆でしょう。
竹村さんの「現在、農業で用いる肥料に必要不可欠なリン鉱石が、枯渇しつつあります、そろそろ下水の糞尿からリンをとるシステムを作らなければいけない」も、将来を見据えた助言です。
編集者も、大切なことをしっかり伝える本にしようとされたことが感じられます。