ポップな文体の裏に潜む痛烈な社会批判
★★★★★
池澤夏樹編の世界文学全集の一冊。以前、新潮社版を読んだことはあったが、全面改訂の詳注付きということで、再読してみた。
帯にあるようにピンチョン版の『1984』らしく、現代の(といっても80年代の)、しかし、オーエルの描いたものとは別な監視社会のありようをポップな文体で描いている。
彼は、そのポップさを装った文体で、60年代後半から70年代にかけてのアメリカの反体制運動とそれを抑圧する国家、そしてそれに巻き込まれる人々の姿を、登場人物の視点や時代を激しく切り替えながら描写し、ぐいぐいと読者である私を引きこんでいった。
相変わらず、私には難解だけど、彼の小説にはどこか魅かれるところがある。といってもまだ全部の作品を読んだわけではないが。
と思っていたら、もうすぐピンチョンの全集が新潮社から出るとのこと。その予習のためにも、この本の巻末の、翻訳者である佐藤良明氏の解説は読んでおくべきかもしれない。
全集、楽しみだ。
もしも、ドストエフスキーがシンプソンズを書いたら
★★★★★
「国家権力と個人」という今まで幾度となくテーマにされてきた重い問題をこんなに軽く書いてしまうなんて。
文学を極めた人が、あえて文学の重力や文字の重みから解放されようとする意志を強く感じました。
タランティーノがあの軽妙なノリでジョージ・オーウェルの『1984』を撮ったような、
町田康があの軽妙な文章で真剣に国家権力に向かい合ったかのような文学です。
訳者の佐藤良明さんのあとがきに少し手を加えさせていただき、一文でこの本を表してみます。
「ピンチョンはドストエフスキーをシンプソンズのキャスティングで演じているのだ」
重力の虹よりは読みやすい
★★★★☆
大作「重力の虹」の日本語訳は、ろくに注釈もなしに出版されていたこともあって、正直歯が立ちませんでした。
本作は量も比較的少なく、米文化を土台とした作品のディテールを理解するための注釈もふんだんに付けられていて助かります。
訳者も解説で、本作は「すごい」小説というよりは「うまい」小説だと語っています。
そのうまさというのは、あらゆる文化的ディテールを援用して作品世界に不可思議なリアリティを出したことと、視点をめまぐるしく変えることで作品世界にある種の立体感を出したことから来るのでしょう。
情報が作品の方向性に即しているのが分かるので、意味のない蘊蓄にはなっていません。
作者はコーネル大学に飛び級で進学し、かなり優秀な成績を修めながら研究者にはならずに作家になりました。訳者は、一種の俗っぽさが彼には切り離せないものとしてあったと語ります。
本作でやたらアメリカのテレビ番組やポップミュージックやらが出てくるのも、本人が紙袋をかぶって公衆の面前に現れたりするのも、そういう一種の低級さというか、サブカルチャー的なものがあるからでしょう。
サブカルチャーと言っても、とっつきやすいものとして現れず、難解な言い方で猥雑さを展開するようなところに、この作家の特性があるし、それはアメリカらしい特徴と言えないでもないと思います。
日本にこんな作家は今のところいないと思います。世界文学がどんなものか知る好例の一つかもしれません。