満州経験を土台にして絡み合う日韓の「戦後」
★★★★★
この「興亡の世界史」シリーズは当該分野の第一線の歴史研究者によって担われてきたことを思えば、『大日本・満州帝国の遺産』と題した本書が日本現代史や満州国研究のプロパーではない2人を著者としているのは若干奇異な感じは否めず、おそらく評価の分かれるところだろう。近年の満州国研究の進展を考えれば、その道の専門家に大日本帝国と満州帝国に関する最新の成果をリーダブルに紹介してくれる一冊にまとめてもよかったのかもしれない。
だが個人的には本書が姜尚中・玄武岩の両名によって著されたことは大成功だったように思う。本書は、日本と韓国の「戦後」の礎を築いた岸信介と朴正熙のルーツを満州帝国の経験に求めつつ、「大日本・満州帝国」と日韓両国の戦後との間の連続性を見事に描き出すものである。日本近現代史、朝鮮近現代史及び満州研究の先行研究を当然踏まえつつ、革新官僚たちの満州経験や、在満朝鮮人たちの歴史経験を描き出し、大日本帝国にとって満州とは何だったのか?植民地朝鮮にとって満州とは何だったのか?などといった重要な問題に迫っている。本書後半では岸信介・朴正熙を中心とする日韓両国の「満州人脈」が、それぞれの「戦後」を築いていく過程を描いている。岸らの満州国の統制経済の「実験」は、日本帝国の戦時総力戦体制の運営のみならず、戦後日本の政府主導型経済運営の礎となる。朴の満州経験とその人脈は軍事クーデター後の韓国の独裁体制とその経済政策を規定していく。そして、戦後日韓関係は岸・朴ら満州人脈を媒介にした「癒着」の関係として非常に密接に絡み合いながら展開していく。日本史や朝鮮史など個々の「一国史」の分野において戦前戦後の「連続性」を指摘する研究は数多いが、日本本土・朝鮮・満州という「大日本帝国」の枠組みが、これほどまでに戦後の日韓両国の体制と国家間関係のあり方を規定していることに改めて気づかせてくれる本は稀有だと思う。