新一の話は少なめ
★★★★☆
ショートショートの神、星新一。
彼は一体どのようにしてそのような作家として生きることになったのか、偏執的なまでに膨大な記録と取材からその半生を描き出す。
どのくらい偏執的かというと、名前しかわからない人の消息を知るために、名字が同じ人に片っ端から手紙を出すくらい。
上巻は、星製薬の御曹司として生まれたはずの星親一がいかに世間の荒波にもまれ、初期の名作「セキストラ」「ボッコちゃん」「おーいでてこーい」を発表して新一になったか、という経緯が語られます。
新一というよりその親である星一の話、そして当時只でさえ社会的地位が低く見られていた探偵小説のさらに傍流であるSFが如何にして芽生え、盛り立てようと散っていった多くのSF愛好家の話がかなりの部分を占めています。
むしろもしかしてSF勃興記のほうが中心なんじゃないかレベル。
それにしてもたった一人の人生の筈なのに、後藤新平とか芦田均とか大下宇陀児とか江戸川乱歩とか大正〜昭和の偉人がほいほい出てくるってのはどういうことなんでしょうかね。
まあそもそも新一自身森鴎外の血縁ですが。
「特筆すること無し」の一行で終わりそうな私の人生と比べて不公平に過ぎる。
精緻を極めた評伝の上巻
★★★★★
星新一の評伝。上巻はほぼ、作家デビューまでを描く。詳細に調べ尽くした結果を、余すところなく書き込んだ印象がある。そのため、星新一の、というよりは、むしろ同時代の歴史そのものを物語っているような作品である。私にとっては、戦後の会社継承から辞任までの記述と、それ以後の、作家活動の揺籃期の記述とが、とくに印象深かった。これは作品の質の問題ではなく、自身の体験と重なるところが多いことによる。
組織のトップを継承することの重み(恐さ)は、経験者にしかわからないだろう。しかも倒壊寸前の組織である。私にも似た経験があり、当時は新聞記事にもなり、再出発時には記者会見も開いた。「経営」の経験などゼロであった。責任をとれという方が無理なのだが、立場上、ということもある。私にはわからないところで、ずいぶん恐いこともあったと聞く。星はこれをつぶさに見たのである。その思いは察するに余りある。
また、成功者の伝記のうち、読んでもっとも面白いのは、秘めていた才能が溢れ出し一気に頂点へ駆け上がる昇龍の如き時期である。本書は、日本にまったくなかった新しい才能が文壇に芽を吹くところまでで終わっている。一番面白いところである。同時にそれは、自身の疾風怒濤期と重ね合わせて、青春時代のノスタルジーに耽るのにもっとも好都合な時期でもある。
「絶対音感」で著者を知り、「東京大学応援部物語」で限界を感じ、「あのころの未来」で幻滅したが、本書は乾坤一擲、よくぞ書いた、といえる作品である。著者によると、星新一の作品は、学生時代に読みふけったが長年忘れていたそうだ。最近読み返して再発見した、という意味のことが「あのころの未来」に書いてある。つまり本書はにわか勉強の成果なのである。だから事実誤認など、ないとは限らない。私にはそれがわからない。それでもこの驚くべき努力の結晶に、私は十分満足できた。
これは最相氏のスタンスなのか。。。
★★★☆☆
星新一についてのまとまった評伝として、読み物としては及第点を
あげられることはまずことわっておきます。
しかし、著者のスタンスなのだろうか、対象へのあふれんばかりの
思い入れみたいなものが行間から全くつたわってきません。
佐野眞一が『旅する巨人』で宮本常一にみせた、おさえつつもいやお
うなしにこぼれてくる思いのたけみたいなものが本書にはない。
つまり、心が揺さぶられません。
もしかして、星新一の文体を意識して、わざとそぎおとしたのかも?
それにしても、この対象との距離感というのはどうだろう。。。
かといって、資料価値豊富なほど、ディティールが記載されてもいない。
長いわりに、あまりズシリと響くパンチはなかったです。
星新一よ永遠なれ。
★★★★★
1001編のショートショートを生み出した星新一の人となりとともに、いかにして星新一という作家がその才能を開花させ、類まれな想像力を羽ばたかせて作品を書いていったか、を記した評伝。
巻頭の「序章」では、まず、星新一のショートショートのなかでも特に気に入っている作品「鍵」(『妄想銀行』所収)を取り上げていたところに、おっ!と引きつけられました。しみじみとした余韻が素晴らしいラストの文章がここで引かれているので、名品「鍵」を未読の方は、作品を読んでから本書に向かったほうがいいのではないでしょうか。
作家となる前のことを綴った第四章まで。ここは読んでいて、かなり重苦しい気分になりました。父親の星一(はじめ)が創業した星製薬をまぐる記述などは、特に。でも、評伝では地味な箇所であるこの作家・星新一誕生前の記述が、後になって効いてくるのですね。下巻に来て、「ははあ、あの時の親一の記憶がここにつながってくるのか」と。頁をめくる手は重かったですが、第四章までをじっくりと読んでよかったなと、あとでそう思いました。
そして、1957年1月、レイ・ブラッドベリの名作『火星人記録』(現、『火星年代記』)を読んで<コンナ面白いのはめつたにない>と日記に記し、同年4月、作品のアイデアをいくつも手帳に走り書きするなど、この“昭和三十二年”という年に、作家・星新一が誕生。以後、次々にショートショートを発表していきます。その勢いたるや、開いた窓から飛び出し、花火さながら、一直線に空に駆け上る流星の如し。星新一の才能が作品に発揮され、SFの輝きと軌を一にする様子を活写した「第五章」に入って以降、わくわくしながら頁をめくっていきました。
万華鏡でも覗くように、時々刻々、ちょっとずつ変化する“星新一”の表情を配したカバー装幀は、吉田篤弘・吉田浩美のクラフト・エヴィング商會のコンビ。若かりし日の星さんの写真から、「星新一と、いいむぅあす」の声が聞こえた気がしました。
情熱の結晶
★★★★☆
星新一さんが好きだから…。
と、いきなり手に取る本では、なさそうです。
勿論、いきなり読んで頂いても一向に構いません。
ただ、一部ですが、下記に上げる著作を読んだ後か、前かで、
感想が随分変わると思います。
父と祖父の伝記
『人民は弱し 官吏は強し』
『祖父・小金井良精の記』
『明治・父・アメリカ』
父の伝記と併せて読みたい人物列伝
『明治の人物誌』
友人関係が分かる
『きまぐれフレンドシップ』
『きまぐれ読書メモ』
エッセイ集
『きまぐれ星のメモ』
『きまぐれ博物誌』
『きまぐれ暦』
遺族協力の下の、膨大な資料整理、関係者への取材は貴重で、
最相さんが挑まれた事は賞賛に値します。
しかし、客観的視点に徹しようと試みていますが、
鵜呑みに出来ない箇所、
徹底されたか疑わしいと感じるところもありました。
手放しで、大絶賛する方も大勢いますが、
先述したように星さんの著作のほとんどを読まれた方と、
ショート・ショートをある程度しか読まれていない方とでは、
感想の温度差が激しい気がします。
真の評価には時間が必要でしょう。
最相さんが書き上げる為に費やされた年月、
完成させるに至った情熱には敬服致します。
資料的な意味でも大変な価値があります。
が、ショッキングな事実をも知ってしまいます。
星新一さんの刊行された全ての著作物、
対談集など、もう求める物がなくなってからでも遅くないと思いますよ。
※文庫版は加筆訂正と、巻末に年表などのおまけあり。
(一部の初出に誤りあり)