遅れて国民国家を成立させたガリツィアに起きたユダヤ人の悲劇!!
★★★★☆
中井和夫のウクライナ学に感化を受けて、折にふれてウクライナ史の周辺について読み漁ってゐた私にとって本書のユダヤ人史は、今までと異なるウクライナ史への視角を与へてくれたものである。歴史上の苦難を背負ひつつ興隆して来たウクライナナショナリズムに共感の思ひがあっただけに、十分知らなかった世界を改めて教へられた氣がしてゐる。
本書によって東ヨーロッパのユダヤ人社会の発生と変遷、特にガリツィアといふユダヤ人卓越地域の様相を深く知る事ができたと感じてゐる。学生時代に木村靖二の欧州政治史の講義で第二次大戦での東ヨーロッパと西ヨーロッパの違ひ(国境線の変更や民族問題の有無)、ナチ占領地で当局為政者がユダヤ人情報をナチに提供してゐたといふ共犯構造等を学んでゐたが、今回その政治史の現場の具体状況を明示して貰ったわけである。
また、東ヨーロッパでの反ユダヤの構造も詳しく説明してくれたと思ふ。それは、商品経済が発達してゐない農村社会に経済観念に長(た)けたユダヤ人が入り込み、経済的方面を独占的に支配し、さういった事態に居住民が反感を抱くといふ形である。そこには、当然宗教的、文化的違和感が反感を増幅してゐるのである。更に、近代国民国家未成立の中で貴族領主制、農奴制からの脱皮、変遷過程でのユダヤ人への憎悪が増幅し、悲劇に結びついたのであらうと思ふ。民族性を守る事と居住地域の他民族との協調とがうまく調整できなかった悲しむべき事態である。
その過程の中でも第一次大戦後のオーストリア帝国崩壊時が大きな転換期であったやうに感じてゐる。といふのもガリツィア地域の再編期に「民族自決」が時代のテーマであったにも拘はらず、ポーランド人は、宗主国的意識からユダヤ人やウクライナ人は従属して然るべきだといふ粗暴な態度をとり続けてしまったわけで、この地域の多数派であるウクライナ人との協調できない不可逆的な関係を招来してしまったのではないか。ユダヤ人も被支配民族ウクライナ人への距離の取り方が不明なまま過ぎてしまったのではないか。
筆者の論考で惜しむらく感じるのは、ウクライナ人のユダヤ人に対する具体的な感情が今一歩、描き切れてゐない点である。どれ程の憎悪と葛藤の思ひがあったのか推し量る材料が乏しいのは、誠に残念な限りである。
本書と直接関係はないが、支配民族、被支配民族の状況の類似としてラトビアにおけるラトビア人とドイツ人の関係が、ガリツィアにおけるウクライナ人とポーランド人の関係にあてはまる歴史展開ではないかと内心、推察して居り、興味深い比較ができないかと思ってゐる。
最後に、筆者に秘められたガリツィア・ユダヤ人史に多分日本で初めて光を照射してくれた功績は、とても素晴しい快挙かと強く敬意を表する。ウクライナ周辺史に関心を持つ者として、更なる論考を重ねられる事を強く願ふ次第である。