壮麗であり凄惨な叙事詩
★★★★★
日本において、アルジェリアに関しては良くも悪くもフランス側の視点から入って来る情報量が圧倒的に多い。
フランスへの”移民”としてのアルジェリア人を描くものは多いけれども、日本人の私たちは余程積極的にならないとアルジェリア人視点の考えを知る事は出来ない。
そういう意味では、この作品は、無論小説というフィルターを通してではあるが、裸のアルジェリアを知る事が出来る数少ない優れた媒体だと思う。
アルジェリアでは人種が混在しているだけに、アラブ人でありながら青い目を持った白人の様に見える主人公の様な存在も、普通に存在する。
イスラムとキリストという宗教の対立だけでなく、目に見える”人種”の壁と差別は、アメリカのそれとはまた違う意味を持ち、残酷でもある。
この作品は、凄惨なアルジェリアという国の歴史を背景にしてもいるのだけれども、硬い本では決してない。
少年から晩年にかけての1人の男性の数奇な人生譚であり、とても面白い。
長編ではあるけれども、読み始めるとその訳文の流麗さも手伝い、一気に引き込まれてしまう。
非常にアラブ的と思える、日本人には相容れない激しさもあるにはあるけれども、非常に魅惑的な作品であった。
植民地文学の傑作がまたひとつ!
★★★★★
ヤスミナ・カドラの邦訳3冊目にあたる本書は、メッセージ性を強く前面に押し出した前2作と趣を変え、華麗にして濃厚なロマンに仕上がっている。つくづく、奥行きの深い才能を持った作家だ。
主人公は作者の故郷でもあるアルジェリアのアラブ人の少年ユネス。頑なで誇り高いイスラムの男である少年の父が、何者かの奸計に嵌ったらしく農地を失い、故郷をあとにして都会のスラムへ流れ着く冒頭から、この煌くような表現によって織りなされていく物語世界(訳者に感謝!)にがっしり鷲づかみにされてしまう。息子の行く末を思うがゆえに、父と母は己の肉を切り裂くようにしてユネスを子のない伯父に託す。この伯父は薬剤師として成功し、アルジェリア生まれの仏人の妻を娶ってヨーロッパ風の暮らしを送っているのだ。この時点でユネスはジョナスと仏語風に呼び名を変えて、ヨーロッパ流の教育を受け、アルジェリア生まれのヨーロッパ人の親友たちと共に成長し、少年が一人前の男となっていく過程でありがちなさまざまなことを経験してゆく。なかでも物語の大きな柱となっているのが恋。これがまた大時代な恋というか、すべてが軽薄短小な昨今では考えられないような、命を吸い尽くしてしまうような恋なのだ。青春を謳歌する彼らのあずかり知らぬところで、時代は第二次世界大戦からアルジェリア独立戦争へと進み、ユネスや友人、周辺の人々はみな否応なくその波に呑まれていく。
イスラム世界と西洋世界の双方に足を置くジョナス/ユネスを主人公に据えることで、作者は植民地アルジェリアのねじれやしこりをじつに巧みに浮き上がらせる。美しい面立ちのユネスは、養父である伯父に似て心優しい教養人である。がまた同時に、これも伯父と同じく自らに流れるアラブの血や誇りも忘れてはいない。アラブ人を謗る言動に怒りを覚え、惨めな同胞の姿に心を切り刻まれる。だが、かといって銃を手に奪われたものを奪い返そうとするやり方にはついていけない。彼はいつも煮え切らない。ジョナス/ユネスはいつも軸足が二本、踏みしめたどちらの大地をも愛しているのだ。そんな彼の周囲で事態は容赦なく凄惨さを増し、知人同士が敵味方に分かれて殺しあう。逡巡ばかりのジョナス/ユネスだが、彼なりのモラルはしっかりと持っていて、守るべきものは守る。おそらくはそのために、生涯の恋を逃しもするのだが。。。。
読後、植民地というものの複雑さを改めて思った。奪った土地で三世代、四世代と暮らしてきたヨーロッパ人たちにとっても、そこはいつまでも懐かしい故郷なのだ。くびきを打ち壊して「自由」を得た人々がその後楽園を作るかというと、なかなかそうもいかない。暴力が暴力を産み、一度壊された社会はなかなか安定しない。最後の部分で、フランスを訪れた老齢のユネスが、アルジェリアから逃げ出したかつての友人たちと再会する場面は、切なく苦く、それでいて「許し」の光に明るく照らされている。流された多くの血、苦しみ、涙、暴力、無残な死、憎しみ、恨み。だがそれでも、アルジェリアは皆の懐かしい故郷なのだ。
巧みな語り、見事な表現、小説を読む喜びをたっぷり味わわせてくれるプロット、そして読み終えたあとにはずっしりと心に残るものがあり、さまざまなことを考えさせてくれる。読まないと損をする一冊です。