反省の対象;大学の内容・性格が体現されている著書
★★☆☆☆
著者の思想や思考が断片・網羅的に示され、それが論理展開、引用文献、事実の例証に現れている。
いわば、テーマでの新たな研究ではなく、筆者の既知に基づくエッセイ風の著書であろう。
ですから、この本に「大学の反省」(日本の大学の歴史と性格への反省とも言えようか)を期待されない方が良い。
テーマの中心は、日本の大学であるのだが、丸山眞男や天野郁夫などの業績(否定するにしても)に基づいて考究されていない。古典ギリシャや近現代の思想家が多様に引用・参照されても(場合により、不適切かつ不必要に散りばめられ)、それでいて、日本の知識人論や大学論への基本文献さえ分析されずに書かれている。
いわば、内容的には、常識的・一般的な見解で、そこに(著者の分析並びに叙述に)日本の大学が抱える、「反省」のテーマがあるのではなかろうか。
「日本の大学」の現状を分析し、国際的にかつ精確に比較・評価
★★★★★
日本を代表する労働経済学者で、現在は日文研(国際日本文化研究所)所長を務める猪木氏の「日本の大学」の現状を分析し、国際的にかつ精確に比較・評価した1冊。
著者は京大・東大で日本の教育を受け、博士号をMITで取得し、その後日本の経済学研究のメッカ阪大で教鞭を執り、現在は上記研究所長にある関係で、世界のさまざまな機関でも教壇に立ち、学生の反応なども精確に比較できる立場にあり、現実を精確にとらえる一方で、自らの労働経済学と高等教育論の交差する地点で論点を立てているので、全く無駄のない議論である。「消える大学・残る大学」の諸星の立場とは異なるが、猪木は欧米とアジアの両方での経験もあり、日本の高等教育がおかれている現状を精確に描き出している。その一方で、福沢諭吉の文明論と教育論をも踏まえて、近代日本百年の歴史的・思想史的意義をも絶えず参照しており、視野の広い議論でバランスが取れている。
特に日本における学歴が、ホワイト・カラーの業種では世界的に低い位置である一方、理系の博士号取得者で渡米して就職している人口の73%がアメリカでの処遇に満足している現実など、明らかに日本の労働市場の歪さを指摘するなど、日本の高等教育がおかれている問題点を開放的に分析している。大学関係者は一読すべき好著である。