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ドン・キホーテ〈後篇2〉 (岩波文庫)

価格: ¥903
カテゴリ: 文庫
ブランド: 岩波書店
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ノーベル研究所が実施した文学者の投票で史上最高峰の評価を得たDon Quijote ★★★★★
En un lugar de la Manchaで始まっている世界文学最高峰の本書を、20年かけて私は読み終わった。20年前の前回は、堀口大学訳で前編だけ読んだが、この訳は一見きれいな日本語にしているようであるものの、語学的には不正確なものである。

牛島訳は、こなれた日本語でありながら、語学的にも信頼できる。牛島訳の後に出た萩原訳は、意訳すぎて、原文とはかなり違う感じにしてしまっている。

後編は、前編の刊行された1605年の10年後に出版されている。1615年に出た後編は、前編とは作風が異なる別の作品である。贋作を踏まえ、贋作に対抗する内容で、かなり複雑な作品構成となっている。贋作の主人公が行った槍の試合には行かない。贋作に影響され、本物が行動を変えている。主人公をからかう公爵夫妻も当時の欧州でベストセラーであった前編を読んでいるという構成で、刊行から400年後の現代から見ても非常に新鮮な内容である。通常言われている「近代小説の先駆け」ではなく、現代小説としても充分通用する。

本書に刺激され、私は、21世紀の日本の世相をとりいれた現代のドンキホーテを来年から執筆予定である。本書を通読し終わり、二回目の読書にはいったが、自作の構想もかたまりつつある。真の文学作品は創作の意欲をかきたててくれるものらしい。

知性と狂気を兼ね備えたドンキホーテそのものである私が、どんな作品をものにするか、読者諸賢よ、ご期待あれ。

21世紀のドンキホーテ・ジョージ
ドン・キホーテの永い命。 ★★★★★
ドン・キホーテが狂気から正気に戻ってしまうとひどくさびしいだろうと思っていたが、読み終えればそうしたさびしさはなく、ほっとためいきをついて本を閉じた。ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ、そしてサンチョもほかのみんなもお疲れさまでした。しばらくゆっくり休めば、また決して死なない命をながらえるのですね、これからも永遠に。400年以上も脈々と息づいてきたように。

こういうものを読むと、心の底から「ありがとうございました」という気持ちがわいてくる。よく知っている気がするために読まずに終わっていたらどれほどの損失だったろうか!
全12巻であっても読みたい名著 ★★★★★
 ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ。騎士道物語の読み過ぎがもとで、妄想にとらわれこの世の悪を懲らしめ、弱者を擁護せんがために思い立った自称、「遍歴の騎士」だ。

 彼の目には見る物、道行くすべてのものが、騎士の武勲、名声を立てる足がかりとなる冒険に写る。例えば、風車を巨人と錯覚して突撃したり、旅籠を城であると勘違いしたり、と彼の狂気は尋常でない。深い痛手を負うこともある。だが、それすら彼にとってみれば、彼の武勲を嫉妬する悪辣な悪魔の仕業だとして口汚く罵る。
 
 ここまでだと、ドン・キホーテは単なる気の違った変人に写るかもしれない。だが、実は彼は頭脳明晰、博学で、騎士道精神に則った礼儀や名誉も重んじる一面を持ち合わせている。従士サンチョ・パンサから好かれるのは、ひとえにドン・キホーテのこうした人格によるものだ。

 根はそれほど魅力的な人物であるだけに、村の司祭、学士なども、ドン・キホーテを村に連れ戻し、狂気を癒そうと何度も画策する。ある時は「勇敢な遍歴の騎士」に魔法をかけ馬車に乗せて村に連れて帰ったり、村の学士サンソン・カラスコが決闘を申し込んだりしているが、いずれも失敗に終わっている。騎士道精神に取り憑かれ、この世の悪を根絶する義務感に駆られている上に、弁も立つ騎士を狂気から立ち直らせるのは至難の業である。

 こうした痛々しいほどの狂気を書き連ねても、この物語はそれほど魅力的な物にならなかっただろう。本書の楽しみは、荒唐無稽で狂気に満ちたドン・キホーテ主従のやりとり、時に発揮されるサンチョ・パンサの機知に富んだ助言、そして物語のいたるところに登場する挿話の数々は圧巻だ。これだけでも、一流の短編小説として楽しむだけの質をそなえている。この小説の魅力は、お世辞ではなく、本書評内では語り尽くせないと断言できる。実際手に取って読んでみた者だけが、本書の魅力を知りうるはずだ。
笑いの襟を正されました ★★★★☆
 前編と後編とで随分と雰囲気が違います。前編が出版され、好評を博してから10年ほど経って、後編が執筆・出版されたそうです。前編では、主従のでたらめな珍道中を大口開けて笑っていることができたのですが、後編を読み始めると間もなく、笑っていた自分自身の間抜けさ加減をこれでもかという程手痛く突きつけられる羽目になりました。
 勘繰りかもしれませんが、作者は、前編の主従を笑う世間の眼差しに深く不満を覚えていたのではないでしょうか。というのも、後編では、まるでドッキリカメラの悪ふざけにゲラゲラ笑っているようなやり方で、沢山の人達がドンキホーテ主従を周到に愚弄するのです。その愚弄する人の側の悪辣さ・趣味の悪さが、持って回った表現で、しかし実は前面に押し出されます。これに対して主従の行動は寧ろそれに翻弄される被害者のものとして描かれています。そんな目でこの主従を見てほしくない、そんないやらしい仕方で彼らをあざ笑ってほしくない。作者の、じれるような思いが強く感じられました。
 本当なら作者は、主従の愚行の底を流れているその誠実さ、優しさを、前編の荒唐無稽の中にこそ読み込んでほしかったのではないかと思うのです。そして、読者自身の愚かさを主従の中に看て取って、笑いつつもいとおしく思う気持ちを読者と共有したかったのではないかと思うのです。ところが意に反してそうは読んでもらえなかった。主従を特殊な愚者・狂人としてまるで他人事のように笑うばかりで、誰にでもある人間の悲しさを感じてはもらえなかった。それゆえに後編の主従には、思い迷った屈託が顕著になります。本来作者の意図からすれば言わずもがなであったはずのそれら「人間性」が、語るに落つるとでも言いたくなるほど露骨に表現されてしまいます。

 狂気のままだろうと正気に戻ろうと、そんなことにはお構いなしに「騎士」らしい誠実を貫いたドンキホーテ。彼を笑うにはやはり相当の覚悟が要るようです。

こなれた訳の「ドン・キホーテ」 ★★★★★
ちくま新書版で挫折してしまった「ドン・キホーテ」。この岩波文庫版は読みやすくて、まあ膨大な本なので、まだ読了しているわけではないですが、暇な時に手にとっては爆笑しています。それにしてもドストエフスキーなどの文豪やヘーゲルなどの哲学者といった大思想家でセルバンテスに言及しないものはいないと言われるほど、のちの近代・現代文学への影響力は圧倒的なものがあるのに、一般に原作そのものがあまり読まれることがないので、少し残念な気持ちがします。本作品自体は分量はありますが、別に難しい本ではないので出来ればもっと多くの方に手にとって欲しいです。訳者である牛島信明氏が書いた案内書「ドン・キホーテ 神に抗う遍歴の騎士」が中公新書から出ています。それと同じ中公新書の「物語スペインの歴史」も作者セルバンテスの生涯に詳しく触れているので、併読されると良いと思います。