思い通りに行かない人生だけど、その生き様に何処か共感を覚える人々の物語。
★★★★☆
2002年発表の表題作が絶賛されたアメリカ文学界の未来を担う期待の新鋭タワーの注目の処女短編集です。本書収録の全9編に登場する人々は少年少女から中年男に老人まで思い通りに行かない人生に不満を抱きながら生きていて、不器用な所為で上手く行かない事ばかりですが、その生き様には不思議と何処か共感を覚えます。彼らの人生は劇的な勝利や幸福とは無縁ですが、それでも結末には絶望でなく穏やかな安らぎが感じられます。
『茶色い海岸』父の死を契機に倦怠感に襲われ離婚した中年男が近くに海岸がある家で人生をやり直す。男が愛した海の生き物に最悪の事態が訪れた事で逆に気が晴れる心境変化が面白いです。『保養地』冴えない人生を送る中年男が子供の頃から犬猿の仲の3つ違いの弟と久々に再会し吉兆を感じるが、思わず苦笑いの結末となります。『大事な能力を発揮する人々』発明家の息子が数年前から記憶を失う痴呆症になった老父と一夜を過ごし父の意外に楽天的な性格を知る。『下り坂』別れた妻に呼び出され事故で怪我をした今の夫を連れて帰って欲しいと頼まれた俺は帰り道の食堂でトラブルに巻き込まれる。『ヒョウ』厳格な継父に反発する少年がしくじりながらも確実に成長して行く。『目に映るドア』娘の家を訪れた83歳の老人が通りの向かいに住む男出入りの多い女性と知り合う。『野生のアメリカ』思春期の少女が欲求不満から危ない男に急接近する気だるい夏の一日。『遊園地営業中』移動遊園地で起きた危ない犯罪事件の裏で密かに進行するヤバイ奴らのドラマ。『奪い尽くされ、焼き尽くされ』残虐非道な略奪と殺戮を生業にして来たヴァイキングの荒くれ男達も何時しか女と家族への愛に目覚めて守りに入り逆に脅える側になる。
著者は幾度もじっくりと推敲を重ねる完璧主義者との事で寡作家になりそうな予感がしますが、まだ30代後半と若く無限の可能性を秘めた今後の活躍に期待したいと思います。