精神科医ディアンドラのもとに脅迫状が届いた。どうやら巨大マフィアが絡んでいるらしい。気の進まない仕事になりそうだ。そこへ手足を十字に磔にされた惨殺死体が発見され、事件は意外な方向へ。マフィアよりもむしろ恐ろしい、平凡な暮らしを続ける人々の過去と心の闇へと転がっていく。次々と発見される磔刑の死体。異常殺人は、儀式のように繰り返されていく。それはちょうど20年前にアレック・ハーディマンが起こした事件と同じだった。そんななかで、獄中のアレックがパトリックとの面会を指名してくる。狂気にとりつかれたアレックの造型はさしずめ『羊たちの沈黙』のレクター博士といったところ。なぜアレックはパトリックを知っているのか。獄中にいるのに、なぜ同じ殺人がくり返されるのか。
全編をとおして緊張度が高く、見えない犯人からの脅迫が続くことで、読者も共に追い込まれていくような感覚。低賃金労働者の集まる地域が抱え込んできた積年の暴力と憎しみが、20年を超えて噴出する。1作目をはるかにしのぐ良質の作品。(木村朗子)
主人公らの人間関係で私たちを虜にしてしまい、
シニカルでクスッと笑わせる台詞回しで私たちを寝不足にしてしまいます。
主人公パトリックの強さ加減と頭の良さ加減も適当で
読者を離しませんね。無敵の強さだとつまらないし、
何でも最初から見抜いてしまうとつまらない、そういうもんでしょ。
その絶妙なバランスがレヘインの凄さなんです。
本作からいきなり読んでも楽しめますが、
やっぱり第1作目「スコッチに涙を託して」を読んでからがお勧めです。
「スコッチに涙を託して」という題のせいで、
酔いどれ探偵の話だと誤解されているなら残念ですね。
不可解な依頼から端を発した事件が、ひとつの殺人事件をきっかけに怒涛のスリラーに変貌する。人間の暗黒面に目を向けたありがちな犯罪小説かシリアル・キラー物かと思いきや、20年前に穿たれた暗黒が極限まで膨らんで探偵パトリック・ケンジーを呑みこむブラック・ホールと化す。ボストンを覆い尽くす。見事としか言いようがない。すれっからしの読者は、作者が仕掛けたトラップにものの見事に嵌ってしまうんだろうな。こんなトラップにまで周到でほろ苦い結末を用意する作者には唸るばかりだ。
シリアル・キラーの内面描写や怖さの演出にはいろいろと工夫が凝らしてある。が、このシリアル・キラー像が今一つはっきりと像を結ばないのが最大の欠点だろうか。だから、新味はいろいろとあるものの、不気味な怖さも少々尻すぼみ。あまり知能が高いとも思えないし、終わってみれば復讐譚ってのもね…。でも、頭脳の勝負を前面に押し出さず、体力勝負のアクションでカタをつける姿勢が逆に新鮮だったかな。つまるところ、このサイコ風味の怖さは、ひとりのシリアル・キラーの怖さではなく、多くの人間に潜んでいる最大公約数的な社会病質の怖さを指すのである。何をきっかけにエスカレートするか、一線を踏み越えたあとのサイコパスの心理状態とか。作者の解釈にはちょっと戦慄を覚えた。