肩の凝らない読み物としてお薦め。
★★★★☆
専門的な絵画研究書というものではない。
筆者の略歴を見ても、美術の研究を生業とされている方では全くなく、趣味が高じてといった感じ。
エッセイとして、またはスペイン宮廷画のあらましとして読まれる分には楽しめる本だと思う。
このような観点からスペイン・ハプスブルクを扱った本はとても珍しいと思うし。
文体が「です・ます」調なのも手伝って、とてもとっつきやすく、理解しやすい。
ただ、文章が平易で語り口が非常に穏やかな分、小さな子に言い聞かせている感じがするのが自分には少し鼻につく。
しかし多分これは好きずきなので必ずしも気にならない方ももちろんおいでだと思う。
本書はサブタイトルにあるようにスペイン王女マルガリータの肖像画を成長順に紹介しつつ、
それを手掛けた宮廷画家である巨匠ベラスケス、彼女の両親であるフェリペ4世と妻たち・子どもたち、
そして当時のスペイン(宮廷)とそれを取り巻く環境等を、大まかな歴史の流れに沿って紹介していくものだ。
表紙にある『ラスメニーナス』はもちろん、スペイン王家の人々の気配が感じられる絵画が沢山紹介されている。
中でも筆者は王女マルガリータに惹かれ、成長の記録と見合い写真を兼ねて定期的に描かれた彼女の肖像画を巡る旅をし、
その印象を記したりしている(私が会えたマルガリータはどれも日本国内での展覧会の出品作で、まだ計3枚ほど。
日本にはまず来てくれなそうなマルガリータには直接会いに行くしかないので、全員に会えるのはいつになるやら)。
マルガリータの弟・カルロス2世をもって直系血族が途絶えたこともあり、オーストリア・ハプスブルク家に比べると
スペイン系はどうしても影が薄くなりがちだが、この段階ではまだこちらもしっかり「ハプスブルク家の人々」。
しかし繰り返された血族結婚による弊害がその相手であったオーストリア系の比ではないのが痛ましくもあり、哀れでもある。
本書ではスペイン系衰退の大きな原因であったこの血族結婚について、結構詳しく説明が加えられている。
次々と妻子に先立たれたフェリペ4世が背水の陣で本家から迎えた王妃がよりにもよって実の姪であるというこの出口のなさ。
人間が本能的に忌避すると言われる近親結婚をものともしないほど、それほどまでに王家の血の純潔とは至上命題だったのだろうか。
生まれた子らにありありと見られる深刻な弊害に、もしやと疑ってみもしなかったのだろうか。あれこれ考え込んでしまう。
知識がなかったのだから仕方ないが、仮にあったとしても純潔の維持のためにはやはり同じ事を繰り返したかもしれない。
そう思うと、肖像画の中で儚げにたたずむあの人もこの人も、みんな気の毒な感じがしてくる。
それをベラスケスがまた天才的な洞察力で描き出しているものだから、彼はまるでこの子たちが長生き出来ないであろうことを
予見していたかのようにさえ思われる。ベラスケスの前で彼らは美しく脆い繊細なガラス細工のように立っている。
祈るような気持ちでその成長を見守られたマルガリータは無事成人し、めでたくオーストリア皇帝の元に嫁いでゆくが、
夫となったレオポルド1世とは叔父―姪の関係(母マリアナ・デ・アウストリアの弟)だったからもう何も言えない。
濃過ぎる血が関係あったのかは判らないが、出産が元となり彼女は二十歳少しで亡くなる。子孫はない。
著者の「マルガリータ(の肖像画)に会いたい」という気持ちや、彼女を始めとするスペイン宮廷の人々への
温かい思いやりに満ちた思いがこちらにもよく伝わって来るので、本書を読み終える頃にはきっと
肖像画の中の王家の人々がもはや「見知らぬ異国の人」ではなくなるだろう。
主に肖像画を紹介する本なだけあって、モノクロも含めれば写真は結構豊富だ。
素晴らしい衣装や装飾、とっているポーズが意味するところ、モデルの内面を鮮やかに描き出す画家たちの腕前、見所は豊富だ。
入り組んだ親族関係を整理しやすいよう、ポイントごとに家系図も載せてくれている。
出来ればもう少しページが欲しいところだ。解りやすいよう、親しみやすいようにまとめているのは良いのだが、
ちょっとさらっとし過ぎな感じもある。紀行文風ということもあるのだろうか。
しかし本書は肖像画という新しい方向からある王家の家族へアプローチした、非常に画期的な取り組みであると言える。