独特の視点で日本を考察する
★★★★★
高橋秀美の「トラウマの国ニッポン」を読む。この作者であれば、読むという著者の中でも「鉄板」の部類に入る高橋秀美。まったくハズレがありません。日本という国を分析する視点が我々と異なる。そしてそのあり得ない視点がその本質を見つめているのである。様々な人々を調査・インタビューすることにより浮かび上がる現代日本。果たして我々は幸せな時代に生きているのであろうか、それとも最悪な時代なのか。訳がわからない時代なのか。人が悪いのか、社会が悪いのか。うーん、不思議なことだけは確かであるようだ。
相対化し脱劇化する視線
★★★★☆
マスメディアがジャーナリズムを振りかざすとき、そこには必ず特有のバイアスが働く。どれだけ中立的な視点に立とうと試みても、誰かが言説を作る以上、その誰かの主観が介在せざるをえない。したがって、マスメディアの意見というのは、マスでありながら個人のものでもある。マスというビークルに乗っているからこそ、その意見には権威が付与され、影響力を持つことになる。
そんなマスメディアの権力的な報道を相対化するのが、彼の著作。「世間的にはこう言うけれど、本当のところはどうなのか」を追い求めるのが、彼の著作だ。とはいっても、彼の見たものが正しいわけではない。マスメディアが伝えることも、彼が伝えることも、概ね真実であるし、概ね誤謬である。
事実は一つだとしても、真実は物事を解釈する人間それぞれに存在する。だとしたら、マスメディアが間違っているとは誰にも言えないし、高橋氏が正しいとは誰にも言えない。どちらが正しいか、どちらが妥当かを切り取るのは、我々自身だ。我々にとっての真実は、我々にしかわからない。
そんなとき、彼の視線は誠実だと僕には思える。
彼は物事を劇化したりしないからだ。自分の中で、何かしらのストーリーを作り上げたりしないからだ。マスメディアにありがちな、煽動性が皆無なのだ(もちろん、マスメディアすべてが煽動的だといいたいわけではない)。彼はただ、自分の見たことを報告するだけ。判断や読後の思考を、どこかに向けさせようとはしない。彼は概ね、レポートするだけだ。はっきりとは言わないけれども、「判断はみなさんに任せます」という姿勢を、僕は感じた。
だから僕らは、判断する力を持たねばならない。さもなければ、この混沌とした情報の世界で流され続けることになる。いわゆるリテラシー能力がそれにあたるとも言える。が、それ以上に、自分なりの判断基準、自分なりの土壌、バックグラウンドを持って考えなければならない。単純に一つの物事を分離して考えるのではなく、もう少しマクロなレベルで思考を組み立てることが肝要だ。そうすることで、僕らは、マスメディアとも、他のメディアとも、あるいは高橋氏とも、距離を保つことができる。妄信や劇化なしで、自分自身に対してフラットに物事を判断できるようになる。
何事も、鵜呑みにする前に、自分の中で反芻することが大事だと僕は思う。
彼の著作も同じだ。咀嚼は彼がしてくれているから、僕らに求められるのは、それを反芻し吸収する力だと思う。
地に足の着いたレポート
★★★★★
「トラウマセラピー」、「ユーモア学校」「田舎暮らし」「日本共産党の地域活動」「子供たちが語る将来の夢」「ゴーン氏を迎えた日産」「地域通貨」など、マスコミネタとして取り上げられる割には、実像がなかなか伝わってこないテーマの実際を描いたレポート。
12テーマが取り上げられていますが、どれも基本的には行った、見た、聞いた、書いた、というシンプルな構成。そしてそれに対する、余計な考察ぬきの、作者の素直な感想が述べられています。
抱腹絶倒とまではいきませんが、どれもなかなか読み応えありました。
テレビなどのメディアを通じて入ってくる情報が、いかにフィルターがかかっているかよく分かりました。
特に日本共産党の実態が、老人カラオケクラブや行き場のない若者の多目的サークルになっている現状にはびっくりしました。
これらのテーマを取り上げた作者の目の付け所に、星一つ追加。
大変な時代なのか?
★★★☆☆
この作品読んでも、もう笑えないな。10年前に読んだとしたら、もちろん笑えないし、最後まで読むこともできなかったかもしれません。今は読めます。でも決して楽しい本ではありませんし、笑わせてくれることもありません。悲しいというかむなしいと言うか、その現代の日本人の姿が淡々と描かれています。大上段に構えたメディアのような胡散臭さはありません。そして教訓めいた批判もありません。でもどのストーリーも悲しい話です。トラウマがないのがトラウマという逆説的な状況は現代の日本が迷い込んだ袋小路の象徴です。朝の二度寝が楽しみという子供たちも皮肉な現実感が満載です。「せわしないスローライフ」なんてもうブラックユーモアの世界ですわ。三無主義の世代の著者は僕と同じですが、これほどの冷静な距離感は見事なものです。
じんわりと おもしろさがこみ上げてくる
★★★★★
現代日本のさまざまな人たちを、12テーマにわたりレポートした本。
たとえば「トラウマへの道」では、普通の人たちがトラウマ発見教室に通い、無理に自らのトラウマを発見しようとしている姿をレポート。
「ふつうの人になりたい」では、夢を持たない、老成した大人のような子供たちをレポート。
そのほか、
・ユーモア学校に通う人たちや、
・セックス技法のベストセラー本に入れ込む女たちや、
・仲良しサークルになってしまっている日本共産党の党員や、
・あこがれの田舎暮らしをしても結局せわしなく暮らす人たち、
などなど、なかなか興味深いテーマをとりあげている。
著者の視点も、対象に近づきすぎず離れすぎず、淡々と描いており、それが独特の「味」になっている。爆笑するような本ではないが、読んだあと、じんわりとおもしろさがこみ上げてくる。
おすすめします。