ワイン・ラム・ウィスキー・アメリカ小史: 酒瓶を透かして見ると判るアメリカの歴史
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新大陸発見から禁酒法まで、ワインとラムとウィスキーが教えてくれるアメリカ合衆国成立の話
-バーボンの話から抜粋-
アメリカ独立後、最初の内乱だったウイスキー暴動に、新政府は独立戦争に動員した兵士よりも多い軍隊を送り込みました。もともとウイスキーへの課税を不満としたスコッチ・アイリッシュが起こした暴動だったわけですが、そこに使った軍費は徴収する予定の税とほぼ同じ金額だったといいます。
後味の悪い戦いだったと云えましょう。新政府は、反乱者たちとどう手打ちするか、苦慮した。
<酒税は払いたくない→無理やり徴収→騒乱→膨大な経費>
というスパイラルから、どう逃れるか。。
新政府は、スコッチ・アイリッシュに、さらに西。バージニア州の外れ・アパラチア山脈の向こう側・ケンタッキー地区への移住を推奨します。スコッチ・アイリッシュは、これに従い、集団でその西の辺境地へ移住しました。
しかしアパラチア山脈の向こう側は、イロコイ族の土地です。スコッチ・アイリッシュたちはイロコイ族との戦いで、多数の死者を出しながら、同地を開墾しました。栽培したのはトウモロコシです。バージニア州はトウモロコシの栽培を義務付けていたからです。
彼らは収穫したトウモロコシからウイスキーを作りました。
そしてそれをオーク樽に詰めて、オハイオ川・ミシシッピー川を利用して、これをメキシコ湾岸部にある都市に運び、換金しました。
その樽には全て、大きく「Old Bourbon Wiskey」と刻印されていたのです。Old Bourbonとは、スコッチ・アイリッシュが開墾した地区の名前・ブルボン郡のことです。