下巻のハイライトは、やはり江戸開城への交渉。麟太郎と吉之助の談判の経過はほんとうに迫力がある。列席しているかのような気分になる。イギリス公使パークスは、官軍が江戸攻撃することを反対していた。麟太郎はそのことも知っていた。ある意味で、給与の大部分を重要な人材たちとの真情ある交際費に使っていたようで、それが要所要所で麟太郎を救っている。西郷は勝との約束に違えて兵を伴って江戸開城の式に臨んだ。約束を違えたことを勝に詫びるために使いを送る。使いは麟太郎を訪ね歩き、脱走寸前の榎本の艦隊で勝に西郷の言葉を伝える。「今日兵を引き連れて城にむかわず上官5、6名で城引渡しの式をいたすつもりでごわした。じゃっどん近頃府下の人気はおおいに激烈で、殺気を含んじょり申す。いったん引き渡しに過ちがあれば、事はこれより破れ、ふたたび復旧いたし申さん。そのために兵を率い入城申した。このことによって不測の変があれば、西郷が自ら責めを負い、徳川氏に災いを及ぼさぬ。この儀をたしかに勝殿へ伝えよと」。
榎本武揚は、このやりとりを聞いていて、西郷の誠実さに嘆息したという。「義あり、信あり。及ばざる事遠し」と。