優雅な宮廷音楽
★★★★★
この作曲者に、メロディーと伴奏という概念があったかどうかはわからない。キャッチーなメロディーなどあるわけでもなく、腕を二本使っているのは確かだから、主旋律と副旋律なのだろうか。
私が弾いたら絶対に音楽に聞こえないだろう曲集だが、グールドはさすがに違う。テューダー王朝の最後を飾る宮廷の優雅な音楽という感じがする。私には、いくら聞いても飽きない一枚だ。
バッハ以外のグールドの名演(1):エリザベス朝ヴァージナル音楽名曲選の決定版
★★★★★
グールドといえばバッハの印象があまりにも強いが、バッハの曲以外にも数多の名演がある。まず、バッハに代表されるバロック音楽以前の、ルネッサンス期の曲をピアノで見事に弾ききった傑作として、本作は真っ先に推薦に値する。スティングの「ラヴィリンス」やセルシェルの「ルネサンス・リュート曲集」でダウランド等のルネッサンス期作曲家の曲の静謐な響きに心惹かれた人は必ずや本作を気に入るだろう。輝かしい調子の曲(例えばM3)もあるが、総じて落ち着いたしっとりとした味わいの曲が多く、静かな夜を落ち着いて過ごすのに最適の作品集の1つである。
ところで、本作は9曲中8曲をギボンズとバードの曲で占めており(録音はM1、5、7が1967年、M2、3、6が68年、M4、8が71年)、2007年10月にはその8曲だけを集めた作品が紙ジャケ仕様の作品が発売されている。しかし、本作にはモノーラルだが初CD化されたスウェーリンクのファンタジア・二調(7分23秒・64年録音)という捨てがたい曲が最後・9曲目に収録されており、現時点でこの曲を入手できるのは本作だけと思うから、私はグールドがエリザベス朝に創作されたヴァージナルのための曲にピアノでチャレンジした作品の決定版としては、07年盤より本作の方を薦める。
『草枕』の頃・静寂の嵐
★★★★☆
1967,68年 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ及び1971年4月18日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド41枚目のアルバム。最後の『Byrde: Sellinger's Round』だけが1971年である。まるで『バッハ以前の作曲家たち・バードとギボンズのコンサート』と名付けたくなるようなコンサートの一夜をアルバムで再現しているかのような作品である。
このバッハ以前の音楽を聴いて思うのはグールドが求めたのは、曲に対するアレンジの自由度ではなかったかと思える。今ではバッハはジャズのミュージシャンに多く取り上げられ、自由なアレンジで演奏される。それが後期ロマン派の曲ではその自由度がなかったので、グールドは評価しなかった。そう僕は思っている。この時期グールドは35才で、カナダ東部のノバスコシア地方を旅行したときに、列車のクラブカーのなかでウィリアム・フォーリーと知り合い、彼から『草枕』を知り以後漱石に傾倒していった頃だ。
僕はいつも『草枕』の冒頭と重ねながらこの作品を聴いてしまう。
トリル好きにはたまらない一枚
★★★★★
グールドのピアノの美しさを特徴づけるもののひとつにトリルの美しさがある。その流麗さと正確さにおいてグールドはまちがいなくナンバーワンであろう。このアルバムのなかでも、#4「ヒュー・アシュトンのグラウンド」や#8「セリンジャーのラウンド」(ともにバード)において、それが余すところなく表現されている。
一方、#9「ファンタジア」(スウェーリンク)はモノラル録音なので、バードとギボンズの録音とくらべて劣ってしまうのはしかたないが、グールドが若い頃にコンサートのレパートリーに加えていた重要な曲を正規盤で聞くことができるのはありがたい。
グールドを経由して、これらの音楽にたどり着いたひとは多いはずだ。このアルバムがグレン・グールド・エディションのなかで一般的にどのような位置を占めるのかはわからないが、愛すべき一枚であることはまちがいないだろう。
魂を揺さぶる―人類ピアノ音楽の極致
★★★★★
―「真の音楽とはこのことである。一音で衝撃が走り、次の瞬間には感涙するだろう。」
決してこの表現は誇大ではない。グールドによるウィリアム・バード(William Byrd,1540年?–1623年)「セリンジャーのラウンド」の演奏は至高の名演である。
小賢しい演奏論や音楽論を超えた説得力で現代の我々に語りかけ、その究竟の演奏に触れる幸せを噛みしめることが出来る。