敬語表現ハンドブック
★★★★☆
著者の1人、蒲谷氏は、「敬語の指針」を作成した元敬語小委員会副主査で、早稲田大学大学院教授です。 「敬語表現教育の方法」と同じ枠組みで、書かれています。
敬語 honorific の使い方の基本は「相互尊重 mutual respect 」「自己表現 self-expression 」ということです。本書には、以下のように記述されています。
敬語表現は、自分と相手を「上下」に位置づける意識で用いるものではなく、基本的に自分と相手を尊重する「相互尊重」の意識で用いるものです。また、直接尊重語(尊敬語)は、実際に尊敬している、していないにかかわらず、「人間関係」や「場」に対する意識を持って使います。(P.88)
待遇コミュニケーションは、自分をどのように表現するか、という「自己表現」をも含んでいます。敬語表現を含めて、どのような表現形式を選択し、どのような表現行為を行うかは、自分を相手にアピールしたり、印象づけたり、自分の価値観を知ってもらうことにもなります。 (P.88)
また、少し長くなりますが、「敬語の指針」には、以下のように記述されています。 なお、「敬語の指針」は、インターネットからダウンロードできます。
「基本的に平等な人格を互いに認め合う」あるいは「人と人が相互に尊重し合う人間関係」とは,人が社会の中でそれぞれに持つ様々な立場 position や役割 role の違いの存在を無視して言うものではない。年齢の違い,経験・知識・能力などの違い,あるいは社会集団の中での立場の違い(例えば,先輩と後輩,教える側と教えられる側,恩恵や利益を与える側と受ける側など)や階層(例えば,会社の中の職階)などが存在することを前提とした上で,さらに,これらに基づいた様々な「上下」の関係が意識されるものであることを前提とした上で,人と人が互いに認め合い,互いに尊重し合う関係に立つことを,ここでは「相互尊重」と呼んでいる。(P.6)
敬語使用に関連して,「心からは尊敬できない人にも敬語を使わなくてはならないか。」とか「相手によっては敬語を使うとよそよそしくなる気持ちがする。それでも敬語はいつも使わなくてはならないか。」といった疑問を聞くことがある。それぞれ,敬語の固定的な使い方にかかわる疑問である。本指針では,そのような固定的な考え方は選ばないこと,そして,その都度の「人間関係」や「場」の状況についての自らの気持ちに即した,より適切な言葉遣いを主体的に選んだ「自己表現」をすることを目指したい。(P.7)
「相互尊重」について、ニュアンスが異なります。 本書では、「敬語」は、相手を実際に「尊敬」しているという「意識(気持ち)」ではなく、「人間関係」や「場」への「意識」を持って、使用します。 「敬語の指針」では、まだ、「上下」の「意識」が必要なようです。
また、「敬語の指針」では使用されている「敬う」「へりくだる」という用語を、本書では使用せず、「高める」「低める」という用語を使用しています。
「敬語の指針」では、敬語を、従来の3分類から5分類にしましたが、本書では、「尊敬」「謙譲」という語を廃して、「尊重」を用い、例えば、「直接尊重語(尊敬語)」「間接尊重語(謙譲語)」など、11分類にしています。
蒲谷氏らと、国立国語研究所の見解は、少し異なる気がします。
「待遇コミュニケーション」とは、蒲谷氏の造語だそうです。 研究の世界では「待遇表現 social deixis 」という概念は一般に存在しましたが、「待遇理解」と総称して、「待遇コミュニケーション」とするそうです。 「待遇」とは、「コミュニケーション主体」が「場面 scene 」(「人間関係」と「場」の総称)をどのように認識して、表現行為、理解行為を行っているか、ということです。 5つの要素は、「人間関係 human relation 」「場 situation 」「意識(意図 intention と気持ち feeling )」「内容 content 」「形式 form 」です。
「丁寧さ politeness 」の構造は、「行動」「決定」「利益」という3つの観点から説明できます。最も丁寧さが高いのは、「行動=自分」「決定=相手」「利益=自分」、低いのは、「行動=相手」「決定権=自分」「利益=相手」です。
待遇コミュニケーションの諸相として、「依頼」「誘い」「許可」「指示」「申し出」「アドバイス」「話し合い」「ほめ」「苦情」について、それぞれ詳しく説明されています。
新しい概念がたくさん出てきます。 よい本だと思います。