クリスティーの作品をあれこれと読み返してみたくなります。
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ここで言う“秘密ノート”とは、アガサ・クリスティーがミステリ小説を執筆するにあたって思い浮かんだプロット、アイデア、登場人物などを書きつけた創作メモとしてのノートのこと。クリスティーが週末や夏の別荘として使っていたグリーンウェイ・ハウスで、2005年に初めて、そうしたノート73冊を目にした著者が、実際に書かれた作品との比較、検証を行いながら、“ミステリの女王”の思索の跡をたどっていくという趣向になっています。
この上下巻を読んでみて特に印象に残ったのは、ひとつのプロットからふたつや三つ、五つと、複数のプロットを編み出すクリスティーの創作力の高さ、幾つものバリエーションの花を咲かせる想像力の豊かさでした。特に、1930年代から40年代にかけて、いわゆる中期の傑作群で見せるアガサ・クリスティーの創作力の豊かさたるや、素晴らしいものがありますね。彼女の作品を実によく読み込んだ著者ならではの丹念な検証に、「さすがは“ミステリの女王”と謳われるだけのことはあるなあ。次から次へと、よくまあ、異なるプロットが湧き出てくるものだ」と、何度も唸らされました。
そして、訳者の山本やよいと羽田詩津子が上下巻の「あとがき」でそれぞれ述べているように、本書を読んでいると、どうしたってクリスティーの作品をあれこれと読み返したくなってきます。例えば、この下巻で<アガサ・クリスティーのもっとも偉大な短篇集というだけではない。犯罪小説のジャンルにおいて、もっとも偉大な短篇集のひとつだ。発想、企み、手法、すべてにおいてすばらしい。> p.209〜210 と称えられていたエルキュール・ポアロものの作品集『ヘラクレスの冒険 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』。この一冊が早速読みたくなって手に取り、本書上巻に収録されていた「ケルベロスの捕獲」(初期バージョン)と併せて、一気読みに走ってしまいました。