『初期万葉論』以来15年、待望の比較文学的論考
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大学退職後,「字書三部作完成」という超人的お仕事をしていたため後回しになっていたが、やっと「宿案の一つを果たした」と言われる本書。啓発されるところの多い中国文学者の万葉論である。
初期・後期の分期のしかたは、一般に行われている四期の分期と異なり、『万葉集』編纂者が意識したであろう「古と今」という分期の観念を尊重したとのことである。特に表記法に関するものは、著者の専門分野であり、注目してみたい。古代朝鮮語の表記法では、漢文を訓読するときは史読体、自国語を表記するときは誓記体、添読字を加える郷札体〈郷歌〉の三種あった。郷札体が万葉の常体、誓記体がその略体に当たる。このように、万葉表記の根源に至るまで実例を引きながら簡明に説明してくれている。
後期歌人は憶良、旅人、家持に代表される。まず、百済的教養のある憶良を渡来人とみて、表現の異質性を強調している。旅人の讃酒歌では陶淵明他多くの中国文学の影響があることを指摘している。家持の歌は巧拙がはげしいとみる。春愁三首のような傑作はあるが、万葉様式の枯渇を思わせる歌人とみなしている。
最後に、万葉の「比較文学の課題」としては、発想や詩句の類似という修辞的なものになりやすいが、その歴史的・類比的な意味での文学の比較研究に、より重点をおくべきだと、注文をつけている。例えば、万葉初期における創作詩の成立は、文学史的には大きな事実で、中国における五言詩の成立と併せて、比較文学史的課題をもつという(雅)