時代を反映する小説
★★★★★
私が青春の門以外で初めて読んだ著者の本です。1960年代後半から70年代の初頭にかけての世相がよくわかります。今でこそソ連が崩壊して社会的思想が不成功であったことを証明できますが、当時はここまで社会主義思想が神格化され、逆に恐れられていたのだと改めて知らされました。文体は最近の宗教的文体ではなく本来の五木さんらしく流れるように読みやすいので、五木寛之の入門書としてはとても良い本だと思います。
40年前からのタイムカプセル
★★★☆☆
1967年から1970年にかけて発表され、第56回直木賞を受賞した「蒼ざめた馬を見よ」を始めとした作品を集めた短編集。それぞれの話で描かれているのは、東西の静かな戦争、大戦後20年を経て始まった平和な新しい生活と過去から伸びてくる逃れられない戦争の手の間でもがく人々の姿だ。
かなり昔の作品であるが、今でも面白く読む事ができる。この作品の良いところは、風化しがちな「時代の空気」がタイムレスに届けられているところだ。スパイや反社会主義者による策略、この時代に作者自身が持っていた反骨精神と言ったものは、大抵は安っぽくなってしまう。しかし本作については例外的に、そうした事がリアリティを持っていた時代の空気が真空パックでもされたかのように風化をしていない。
40年前の五木寛之が地中に埋めたタイムカプセルを開けたような気分になる短編集である。
ストーリーテラーとしての実力
★★★★☆
直木賞受賞作の表題作はストーリテラーとしての実力がいかんなく発
揮された作品だと思います。
「鉄のカーテン」が消失した現在の状況では、いささか古めかしさは
否めないですが、CIAが陰謀劇の重要なアイテムとしてまだ陳腐で
なかった時代なら、映画化されれ面白い作品でなかったかと思います。
いまの抹香臭い感じとは少し違った、日本人離れした若い感覚がかえ
って新鮮。「戒厳令の夜」へと発展してゆくスケールの大きさも既に
窺えます。
短編小説と言ってもいいような長さなのに、内容は濃く、重い
★★★★☆
鷹野隆介は新聞社に務める外信部記者。論説主幹と外信部長に特別室に呼ばれます。そこで少し前に病死したロシア文学の翻訳者からの手紙を渡されます。手紙によると、ソ連に渡ったとき、ソ連の老作家より極秘で手渡されそうになった長編小説があったというのです。その小説は歴史の影の部分を描いているため、国から危険視されるおそれがあるので、国外出版を望んでいたのです。しかし、翻訳者は恐ろしくて応じきれず、小説を返してしまったのです。翻訳者が老年期に入り、病気となって、断ったことを悔やんでおり、ぜひあの小説を捜し出し、出版して欲しいというのです。小説の探索役に鷹野が選ばれたのでした。鷹野は表向き、新聞社を退職して、フリーのルポライターとして、ある通信社から世界文学に関す!る記事とカラー写真を送る仕事を受け、アムステルダムから東欧諸国をまわり、モスクワを取材して、目的地レニングラードに向かうという周到な計画が実行されました。鷹野は小説を手に入れ、国外に持ち出せるか?その小説の政治的影響力は?短編小説と言ってもいいような長さなのに、内容は濃く、重いです。随所にちりばめられたロシア文学作品やそのイメージ、大国とその政治力、個人の感情の動きまで描かれています。鷹野がレストランでとる朝食もいいです。ハンガリアン・スープ、キエフ風オムレツ、特製サラダ、ジャム入り紅茶。直木賞受賞作品