悲しき熱帯
★★★★★
もともとは昭和15年に出たもの。
昭和3〜7年にかけてシンガポール、マレー半島、ジャワ、スマトラと放浪したときの記録をまとめたもので、戦前の紀行文として最高水準のものと評価が高い。
確かに、素晴らしい文章であった。これに憧れ、真似しながら紀行文を書き始める人たちがいるというのも、十分に納得できる話だ。そういう観点から、現代日本の旅行記ブームを見直しても、面白いかも知れない。
それはさておき、どこが素晴らしいといって、熱帯のロマンと気だるさ、とこに生きる人間の哀しみが幻想的に融合している点である。良い酒のようで、ひたすら溺れていってしまう。
これまで何となく敬遠して読んでこなかったのだが、間違いであった。次は『西ひがし』あたりに手を出したい。
密林の闇は、緑?それとも深紅?
★★★★☆
1928年から1932年、シンガポール、マレー半島、ジャワ、スマトラとまわった紀行文。
当時日本人が経営していたゴム園や、鉱山の様子がなまなましく描写されています。
私が心惹かれたのは金子氏の描くジャングル。
夜の密生林を走る無数の流れ星。交わるヘッドライト。
そいつは、眼なのだ。いきものたちが縦横無尽に餌食をあさるたいまつ、二つずつ並んで走る飢渇の業火なのだ。(本文より。)
他、延々と熱帯雨林の気候、そこに暮らす人々の描写。
なんだかクラクラします。
時に反乱をおこすゴム園で働く中国人「苦力」。
鉱山では年老いた苦力達が阿片ほしさに「地獄の餓鬼」のように働いている。
のんびりしたマレー人、気性の激しいスマトラ女。
40歳をとうに越えた日本人娼婦、そして女衒。
暴力的なほどの生命力を宿した熱帯雨林さながらに、たくましい人間達の営みが、淡々と描かれています。
第二次大戦前、東南アジアに進出した日本人社会の様子がよくわかります。
百回読むでもまだ読み飽きない秘密とは!〜
★★★★★
詩人金子光晴が約80年前、33歳から訪れた南方アジア見聞録・散文詩だ〜 自然が擬人化され、実際に現地でも魔法にかけられた様に実感される〜自分の想像力が及ばない世界を見せてくれる万華鏡のような一冊だ! 〜センブロン河 ねこどりの眼 雷気 貨幣と時計 カユ・アピアピ 霧のブアサ 虹 スリメダン 鉄 コーランプルの一夜 ジャワ 蝙蝠 珊瑚島 スマトラ島〜 取り分け 余りにも 美しすぎて悲しいまでの珊瑚島 それを人人は意想(イデア) 無何有郷(ユートピア)となづけているのか!〜と 金子光晴の底知れぬ詩的密林への入り口としても最良の一冊だ!〜
アジアの世界がみえる本
★★★★☆
金子光晴の独特の世界が垣間見える一冊でした。
夫人と一緒にアジアを旅するのですが、中でもマレーシアのバトゥパハの日本人クラブに滞在した際の一説に
『私は毎朝、一杯の珈琲とロッテ、それにバナナを食べていた』というくだりがあり(表現の違いはお許しください)実際に私もその舞台となったバトゥパハに行ってきました。小さな港町で大きな川の近くに錆びれたコーヒーショップ(茶室)があり、プラスチックの机に椅子、そしてなみなみと注がれた珈琲にバターとザラメの砂糖をのせたトーストのロッテ、そしてバナナをここで朝からゆっくりと食べ、一日を川の流れのようにゆったり過ごした詩人の姿が見えるような気がした。
そんな読みながらにして、アジアのゆったりとした時の流れ、激しい詩人の世界をみることの出来る一冊だと思います。
東南アジア好き、旅行好きにはお勧めの一冊です!
美しい日本語の奔流
★★★★★
昭和初期に日本を脱出して、東南アジアを放浪した詩人が綴ったものですが、文章というよりも散文詩の領域です。植民地で働かされる苦力、各地で巡り会う西洋人、河や地元の風物、夜の湿気・・・詩人の複雑な心境が投影された様々な光景が、簡潔に描かれています。一語一語がみずみずしく、凛とした美しさとを湛え、愁いを帯び、日本語でここまで端麗な表現がなしうるのかと、読むたびに思います。